ブログを書き始めて11年、有料化するか悩んだ結果。

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ブログを書き始めて11年が経過した。その間に結婚したり、子供が生まれたり、新しい人との出会いや別れと様々な経験をした。「10年ひと昔」と言うが、初代iphoneの16GBが発売された年が2008年だからやはり10年という年月は時代を移り変わらせるには十分な時間である。

いや、今回はiphoneの話をしたいわけではない。ブログの有料化についてだ。しばしばこの手の話を聞かれる。というもの、何回か有料化しようという話を持ち掛けられていた。どうやらpaypalとプラグインを組み合わせると課金できるらしい。だが断った。自分で構築できる。

以前、株式会社はてなさん&楽天さんとタイアップ記事を書いた後に、別の企業さんからいくつか相談があった。当ブログの電子書籍化という話だった。よく考えて断った。電子書籍化はinDesignでkindle化すれば個人だってできるし、なにより今まで読めてたものを電子化したって(もともと電子化されてるので)意味がない。

それよりも本音を言うと、自信がなかった。理由は2つある。

1つ目は、当ブログの読者は「無料で見られる」から読みに来ていること。2つ目は「お金を頂くほどの記事を書く自信がない」からだ。この2点に集約される。以前、有料化しようと思ったときに当時中学生だった同じチームのタケハル(2019全日本選手権ロード2位)が「学校で友達がblog見てる」ということを教えてくれた。

もしも記事を有料化してしまったら、月のお小遣い数千円の学生が見られなくなってしまう。

ただ、ここまでが表向きに「書かねばならない」綺麗事だ。実際頭の中で考えていることを忠実に文章に落としこむと、欲望に忠実な人間臭い文章がならぶことになる。

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私も多くの人と同じく、お金を稼ぎたいし増やしたい。生活もある。本業のサラリーマンとしての仕事をしながら、できるだけ高いレベルのカテゴリで走りたい。だから短い時間できついトレーニングをし、毎朝4:50に起きて室内ローラーを何年も欠かしていない。いまは子育てがプラスされ、その上で機材費を捻出し、隙間の時間を見つけてはこうやって文章を書いている。

こんな文章を書いてしまうとなんて承認要求の強いやつだ、と思われるかもしれない。

とは言うものの、可能ならば文章がお金を稼いでくれるとありがたいと思うのが人間だ。だれもが憧れる不労所得だ。いや、文章作成と校閲に膨大な時間を費やしているから不労ではない。むしろ無休無賃のブラックブログだ。

しかし、ネット時代のご時世というか、読み手の身勝手な部分というか、ネットでお金を稼ぐことは悪とされている。「無料で読めるのがブログ」というのがあたりまえになっているため、マネタイズ化する側にとって非常に難しい状況が続いている。

自分の時間と金を使って、無料の読み物を書き、無料で誰もが読める情報を提供し続け11年。

ひとつ、気づいたことがある。

発信し続けていると、それ以上のものが自分に帰ってくる。

ということに次第に気づいてきた。

ただ、「返ってきた」と実感するまでにはとても時間がかかり、もしかしたら人によっては生きているうちに返ってこないかもしれない。「画家は死んでから評価される」と言われるように、何かしらのモノを生み出し世間から評価されるまでは時間がかかる。ブログで情報を発信し続けた結果、物質が臨界点を迎えるかのように状態が変化し始め、情報、人のつながり、オファーが舞い込むようになった。

大手メーカーのローンチに呼んでいただいたり、はてなさん、楽天さん、Amazonさんというネット界の巨人と文章を通じてやり取りさせていただく機会を得たことは、きっと発信し続けなければ実現しなかったことだ。そして「自分が知らない人が自分を知ってくれている」という大きな変化をもたらした。普通に生きているだけだったらまずありえないことだ。

ニセコのレースで北海道に行ったとき、沖縄でレースがあったとき、相手は私が私だということを理解しつつ、声をかけて頂けることがある。このような体験もブログという基盤を通じて、不特定多数の人に情報を届け続けた結果なのだろう、と思うようになった。はじめから有料化していたらきっと無理だった。

ここでタイトルにもある通り、「ブログを書き始めて11年。有料化するか悩んだ結果。」の結論を書こうと思う。

有料化することにした。

ITさん
ITさん

するんかい!

いや、結局は無料で見られることには変わりない仕組みを考えた。これからもずっとそうだ。有料化の仕組みはとてもかんたんだ。新しい記事を公開した時に「1週間早く記事を見ることができる」という事に200円程度の付加価値をつけてみようと思う。やはり、ひとそれぞれ受け捉え方が異なるから、記事に価値を結びつけるのはとても難しい。

映画でよくある、「一般公開は1週間後だがプレミアム会員だけいち早く見ることができる」手法と似ている。ただ、違うのは当ブログの場合は1週間後にはいつもと変わりなく記事は公開される。しかも誰でも見ることができる状態になる。

「結局1週間待てば見られるんだから、待つわ。」

という人がほとんだと思う。それは賢い判断だ。そこまでして稼ぎたいか、と思われてもしかたがない。ただ、たまには絶対的少数である書き手の気持ちも代弁したい。書き手は、文章を生み出す為に調べ、時間と金を消費しながら、生活の一部を切り売りするかのように文章を書いている。基本的に書き手は文章を消費される”だけ”なのだ。

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正直、文章書くことが好きじゃないとやってらんない。好きだからこそできる。バカみたいに1つの記事で何万文字なんてかくことはできない。ただ、書いたものは読者に読まれることで命が与えられる。だから読み手と書き手の双方が存在しなければ成り立たない。

「1週間早く記事を読める」

ただそれだけだ。とはいえ、1週間我慢すれば無料で読める記事に対して対価を支払う人は、きっと「1週間という時間を短縮するために金を払っている」わけではないのだろう。きっとその人の中に何か別の基準があって、その基準を元に対価を支払っている。

面白そうだからという理由もあるだろうし、もしくはいつも見ているからという人情が動かす理由かもしれない。私の場合は応援の意味もかねて、同郷の田崎選手のnoteを買ったりしている。

私は読み手よりも書き手に費やす時間が多い。そして気づいたら11年書き続きてきた。ふと、「有料化するか否か」について考えたきっかけから、膨大な記事のアウトプットを続けたことで、逆に「なにか」が自分に舞い込んでいたこという大事なことに気づいた。

やはり誰かに文章を読んでもらい。自分とは違う誰かが、その人の貴重な時間を割いて、文章を読む。考えるだけで、その時間の投資に見合う文章がかけているかいつも悩んでいる。吐露すれば弱気なこの考えが本音なのだ。

これからも当ブログは無料で見られる事には変わりない。ただ、何かしらの意味を感じて対価を支払ってみようと思ってくれる人が居たのならば、11年間書き続けてきた積み重ねに対して、何かしらの意味を感じてくれたのだと思う。

ためしに一週間後に公開を予定している記事を先にnoteにアップしてみようと思う。普通に考えたら、時間が経てばいつもどおり読める記事だ。これからいろいろな形態が生まれては消えていくかもしれないが、結局は誰もが見られる記事をこれからも書き続けようと思っている。記事は読んでもらえてこそ意味があるから。

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