しぶとい、おじさんたち。

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photo: yuki asato

たまには普通の日記でも。最大の目標としていたシクロクロスのレースが終わり、写真を見ながら色々と振り返っていた。レースのリザルト、自分と同じくらいの順位の選手達をみて色々と思うことがあった。

ロードレースやヒルクライムを走っている選手なら誰でも知っていると思うが、筧五郎さん、田崎友康さんもシクロクロスを走っている。ロードレースやヒルクライム、もちろんシクロクロスで大スターの方たちだ。

同郷の田崎さんにいたっては、うちの実家の親でもフルネームでレース結果の話をするくらい知っている。五郎さんはNHKの影響が大きく姉も「知ってる人?」と聞いてくるほどだ。私からしてみても、本や雑誌の中の人だなのだ。それは今でも変わらない。

そういう方たちと、同じレースで、近い所で、わたし自身が走れるようになった事を考えると、なんだか感慨深くなる。

photo: yuki asato

お二方にはロード、ヒルクライムで多くのタイトル、多くの戦歴があるなかで、自分には特別これといった戦歴がない。まぁ、いいところまで行くこともまれにあるが、今ひとつというのが何年、いやもう十年以上続いていると思う。そんななかでも、しぶとく競技を続けている。

逆に、「叶わないから続けてられるのか?」と思う一方で、先程名前を上げたお二人は、ロードのみならずシクロクロスの名だたるタイトルを獲得しつつも、今も競技に関わっている。その原動力は1つではないし、おそらく、個人個人に備わっている方向性だと思う。

原動力は違えど、継続して競技者としてマルチに走っているという結果の部分は同じだ。その「しぶとさ」を支える何かを、自分の中に持ち続けているからこそ競技を続けられているのだろう。そう感じた。

はて、私はなんでしぶとくも競技を続けているのか。ロードもやるし、シクロクロスもやる。家では毎日ピストを回している。なんなら、最近はMTBを走ることのほうが多くなった。ただ、全てにおいて「競技」としてやりたい。遊びではなく、競いたい。

正直なところ、一人で走ってもつまらない。競う相手がいるから楽しい。何歳になってもそうだ。基本的には、競い合う、競争し合う場に居続けるために、しぶとく続けていられるのだろう。少なくとも、自分はそれが原動力のようだ。

photo: yuki asato

ただ、それは競い合うライバルが居ての話だとも理解した。無人島で一人でレースしたってつまらないだろう。しぶとく続けられるのも、誰か他の選手がいるからだ。そういう意味では、一緒に走った全員に感謝する必要がある。

しぶといおじさんたちは、今週も何かに突き動かされて走る。理由や方向性は千差万別だ。もしかしたら、わたしのようにはっきりとした理由がわからないながらも進んで行っている人たちもいるかもしれない。

では、いつまでやるのか。自分でもわからないけど、カテゴリ枠がなくなるまでやり続けていくんだろう。さて、今週もまたレースだ。

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