チェーンルブの世界最速(摩擦抵抗が小さい)がまたもや塗り替えられた。CERAMIC SPEEDのUFOやAbsolute Blackのグラフェンルブを抜き去り、Muc-Off Ludicrous AF(ルディクロウスエーエフ)が第三者機関の実験で最も優れた性能を備えていることが明らかになった。
イギリスのプールの研究所で摩擦学の専門家がテストと改良を積み重ねること3年。すでにINEOS GrenadiersやEF Education-NIPPOが2年間実戦投入し数々の勝利をおさめ、東京オリンピックでは12個のメダルを獲得している。Muc-Off Ludicrous AFはすでにプロの現場で数々の結果を残している。Ludicrous AFの特徴は以下の通りだ。
- 時間の経過とともにパフォーマンスが向上する。
- 持続的に高い性能を維持する。
- 静かでスムーズなシフティングを実現する。
- 最大1600km潤滑性能が持続する。
読むだけで、本当かどうか疑うほどの性能だ。今回の記事は、INEOSの2021年の勝利を支えGBトラックチームが東京オリンピックで12個のメダルを獲得する影の立役者、Muc-Off Ludicrous AFについて迫った。
Muc-Offの戦歴
Muc-Offは世界最高峰のプロチームであるINEOSと共同で製品開発を行ってきた。マージナルゲインの名のもと、1%の積み重ねを追求している同チームと2013年から共に歩んできている。その事実自体が、実績と信頼の証といえる。
Muc-Offが同チームと歩んできた戦歴は華々しいものだ。
- ブラドリー・ウィギンス アワーレコード更新
- 10回のグランドツール制覇
- 18個のオリンピックゴールドメダル(TEAM GB)
- ヴァシル・キリエンカ世界選手権個人タイムトライアル制覇
- ツール・ド・フランス制覇(2015,2016,2017,2018,2019)
- ジロ・デ・イタリア制覇(2018,2020,2021)
サイクリストであれば、これらの戦歴をひと目見るだけでとてつもない偉業が成し遂げられていることが理解できるはずだ。Muc-Offのルブを使用しているチームはINEOS以外にも、
TEAM GB、EF Education、Dimension Data、CANYON SRAM、TEAM KATSUSHA ALPECIN、Mitchelton Scott、Nippoといったチーム(現チーム名は変更されているものあり)が使用している。
もちろん、スポンサードの絡みもあるがINEOSとのパートナーシップは長らく続いており開発へのフィードバックも膨大な数に及んでいる。そのうえで、世界最速を更新したMuc-Off Ludicrous AFルブはどのように開発され、どのような実験結果が出たのだろうか。
Muc-Off Ludicrous AFルブの試験は厳格に実施され、研究所、実環境と様々な方法が用いられ、多角的に性能が検証された。
ルブのテスト基準を明確化
サイクリング業界には、ルブの性能を測定する際にテスト基準が存在していない。ZFCやCeramic Speed社といったメーカーが独自に試験をするか、AbsoluteBlackのグラフェンルブのように第三者機関に実験を委託する手法がほとんどだ。
メーカーの独自実験の場合は、自社に有利になるような試験を行うこともできる。明確に実験のテスト基準がないため、事前条件を有利になるように設定してたとしてもだれも文句が言えない世界だ。
これらの話はルブに限った話ではない。ホイールやバイクの風洞実験も同様であり、現在はTOUR誌やMAVICの実験ルールが風洞実験のデファクトスタンダードになりつつある。加重平均計算の際に、少しだけ重みづけを変えると他社のホイールよりも空力性能を高く見せるなんてこともできる。
Muc-OffはLudicrous AFルブに試験にあたり、第三者機関を含めた以下の4つの方法で実験をおこなった。
- イギリス国立物理学研究所による独立テスト
- イギリスNew Motion Labsでの独立テスト
- Muc-Off 社内テスト
- ワールドツアーでのフィールドテスト
Muc-Offは自社に都合の良い実験にならないように第三者機関へ実験を依頼した。
NPLイギリス国立物理学研究所共同開発による実験結果
摩擦抵抗が小さい代表的な製品を用いて実験が行われた。試験方法は、NPL(イギリス国立物理学研究所)と共同開発したバイク専用の実験装置を用いてテストを実施し、結果はLudicrous AFの摩擦係数が最も低く、最も高い性能を示した。
- Muc-OFF Ludicrous AF
- SILCA SYNERGETIC
- ABSOLUTEBLACK GRAPHENLUBE
- CERAMICSPEED DRIP(Gen1)
興味深いのは、ギザギザと波打つような傾向があるのは、ABSOLUTEBLACK GRAPHENLUBEとCERAMICSPEED DRIP(Gen1)だ。対して、滑らかな傾向を示しているのはSILCA SYNERGETICとMuc-OFF Ludicrous AFだ。
SILCA SYNERGETICとMuc-OFF Ludicrous AFは時間が経過するにしたがって、摩擦抵抗が低下している。ルブに求められる性能として、どれだけ時間がたっても性能を維持し続ける必要がある。SILCA SYNERGETICとMuc-OFF Ludicrous AFの間には、およそ0.01ほどの差が生じているがマージナルゲインを求めるINEOSにしてみれば、この差が重要になってくるのだろう。
New Motion Labsの独立テスト結果
Muc-OFF Ludicrous AFの試験は、さらにイギリスのNew Motion Labsでも実施された。New Motion Labsは機械工学を得意とする企業だ。独自のチェーンや試験機などを制作している。New Motion Labsで行われた試験は、チェーンに生じるトルクを変動させながら効率を測定するというものだ。
New Motion Labsの実験では、以下の3つの「効率」が測定された。
- 総合的なワット効率
- ブランドごとのワット効率
- 競技レベルでのブランドごとのワット効率
負荷を100から1100ワットかけながら、ケイデンス60~140rpmでどれほど効率よくドライブドライブトレインを動作できるのかを測定する。すべての負荷およびケイデンスを集約した総合的な効率が求められた。
効率が高いことは非常に重要だ。ライダーが生み出したパワーをドライブトレインで損失してしまっては意味がない。効率がたかければ、それだけ生み出したパワーを有効活用していることになる。結果は、Ludicrous AFがすべての負荷とケイデンスの範囲で最も効率的(最速)だった。
- 約97.1%:Muc-OFF Ludicrous AF(3時間寝かす)
- 約96.3%:Muc-OFF Ludicrous AF
- 約95.6%:SILCA SYNERGETIC
- 約95.6%:ABSOLUTEBLACK GRAPHENLUBE
- 約94.6%:CERAMICSPEED DRIP(Gen1)
Muc-OFF Ludicrous AFとCERAMICSPEED DRIPとの間には約3%の違いがある。せっかく生み出したパワーが、ドライブトレイン内のどこかで損失して消えてなくなってしまっている。3%の差は非常に大きく、タイヤ差の勝負が行われるプロの現場であれば死活問題だ。
これら「入力トルク(N/m)」と「ケイデンス(rpm)」の変動による各ブランド別の実験結果(ヒートマップ)は以下の通りだ。データーの見方としては、
- グラフ縦軸:入力トルク(N/m)
- グラフ横軸:ケイデンス(rpm)
- ヒートマップ赤:効率が高い
- ヒートマップ青:効率が低い
というように読み取る。それぞれのルブ別でヒートマップを確認していく。
まずは最も効率の高いMuc-OFF Ludicrous AF(3時間寝かす)だ。ヒートマップのほとんどが赤色で締められている。低トルク(下の方)に行っても効率は高いままだ。
次に通常のMuc-OFF Ludicrous AFだ。ヒートマップの高トルク側の赤の量が減少している。低トルク(下の方)は次第に水色に変化してきておりわずかながら効率が低下している。
次にSILCA SYNERGETICだ。ヒートマップの高トルク側の赤の量はLudicrousと非常に近い範囲で高い効率を示している。しかし、低トルク(下の方)は次第に水色から青色に変化してきており効率が低下している。
次にABSOLUTEBLACK GRAPHENLUBEだ。ヒートマップの高トルク側の赤の量先程の2つのルブよりも効率が下がっている。さらに、低トルク(下の方)は青色に変化してきており効率がかなり低下している。
次にUFO DRIP(Gen1)だ。低トルク(下の方)の青色が顕著で効率がかなり低下している。
上記のように、縦軸が上に行くほどトルクが増している。横軸が右に行くほどケイデンスが増している。それぞれの組み合わせで赤いヒートマップが多いほど効率が高い。それぞれのヒートマップを見ていくと、最も赤色が広範囲に広がっているのはMuc-OFF Ludicrous AFだ。
続いてSILCA SYNERGETICが続いている。しかし、低トルクの場合は青色の効率が悪い傾向にある。Muc-OFF Ludicrous AFとCERAMICSPEED DRIP(Gen1)をそれぞれ抜き出して比較したヒートマップは以下の通りだ。
入力トルクが小さい場合、CERAMICSPEED DRIP(Gen1)の効率は90%を下回っている。対してMuc-OFF Ludicrous AFはトルクが小さくとも92%台をキープしている。このトルクとケイデンスの関係は自転車競技の違いを考慮したものだ。
トラック競技では爆発的なパワーでトルクが発生し、200rpmに迫る飛ぶようなケイデンスが発生する。対して、MTBでは高トルクで低ケイデンスといったように競技の特性で要求される条件も大きく異なってくる。
それらを踏まえたうえで、トルクを110Nmとした場合の各ブランドごとのワット効率を示す結果は以下の通りだ。縦軸が効率(%)、ライダー入力 (W)。
ワットやトルクが大きいほどLudicrous AFが高い性能を示していることがわかる。これらの分析結果はとても珍しいが、実践に配慮した実験結果といえるだろう。トラック競技やプロのトップ選手が生み出すパワーがドライブトレインにかかる場合、Ludicrous AFの高い効率性能が目を引く結果だ。
Muc-OFFラボでのテスト
Ludicrous AFの性能試験はサイクリング業界とは関係のない第三者機関によって厳格な試験が行われた。冒頭でも記した通り、ルブの摩擦抵抗試験には基準がないため自社に都合の良い結果も出せる。Muc-OFFは自社に都合の良い試験にならないよう、様々な角度からLudicrous AFを試験した。
Muc-OFFがLudicrous AFを生み出すためにどのような開発が行われたのか。本章では、その部分を掘り下げていく。INEOSとの長い協力関係やワールドツアーチームからの信頼も高いMuc-OFFの製品を支えているのは高い開発能力だ。
Muc-OFFは社内にトライボロジーラボがある。トライボロジーラボとは、潤滑、摩擦、摩耗、焼付きといった、相対的な運動しながら互いに影響を及ぼしあう二つの表面の間におこるすべての現象を研究する機関だ。
このラボで行われたLudicrous AFの研究開発は「世界最速のルブを開発する」という明確な目標が掲げられた。30種類以上のルブを社内の動力計(ダイナモメーター)を用いて摩擦抵抗を測定する実験が行われた。これらは、競合他社の製品と比較しながら、より詳しい分析がおこなわれた。
競合他社製品とLudicrous AFを比較した試験方法、競合他社製品、結果は以下の通り。
- 試験方法1:新品のチェーンを2時間回し続ける試験
- 試験方法2:300Wで6時間走行後に2時間回し続ける試験
試験方法1の結果は以下の通り。すべてLUDICROUS AF比。
- LUDICROUS AFは、SYNERGETICよりも損失が5%小さい
- LUDICROUS AFは、ABSOLUTEBLACKよりも損失が18%小さい
- LUDICROUS AFは、CERAMICSPEED DRIP(Gen1)よりも損失が195%小さい
試験方法2の結果は以下の通り。
- LUDICROUS AFは、SYNERGETICよりも損失が3%小さい
- LUDICROUS AFは、ABSOLUTEBLACKよりも損失が15%小さい
- LUDICROUS AFは、CERAMICSPEED DRIP(Gen1)よりも損失が124%小さい
試験1と2それぞれにおいて、Ludicrous AFが最も抵抗の小さいルブになった。さらにトライボロジーラボでは、耐摩耗性も調査された。摩耗試験は、「摩耗試験規格 ASTM G133」に従い行われた。
ASTM規格は、世界最大規模の標準化団体であるASTM International(旧称 American Society for Testing and Materials:米国試験材料協会)が策定・発行する規格のこと。2020年現在、約12,000種類以上の規格が発行されている。ASTM規格は任意規格でありながら、世界各国で法規制などの基準とされるなど、国際的に広く通用している。ASTM規格は、規格集「Annual Book of ASTM Standards」に収録されており、ASTM G133もそのうちの1つ。
ASTM G133は、「Standard Test Method for Linearly Reciprocating Ball-on-Flat Sliding Wear」で「直線的に往復するボールオンフラットの摺動摩耗の標準試験方法」と呼ばれている。一言で言えば、摩擦によりボールがどれほど摩耗するかを測定する試験だ。
先ほどの4製品のASTM G133摩耗試験の結果は以下の通りだ。LUDICROUS AFとSYNERGETICがずば抜けて小さな摩耗量を示している。
それぞれの値に大幅な差があるため、Ludicrous AFとSynergetic Dripルブの違いが分かるようにスケールを調整したのが以下のデータだ。
非常にわずかな差ではあるものの、LUDICROUS AFはASTM G133摩耗試験においてずば抜けた結果を残している。
実走テストへ
Muc-OFFの社内ラボや第三者機関の試験において、LUDICROUS AFは最高の性能を発揮することがわかった。しかし、それは実験室の中での話だ。ワールドツアーを走る選手たちは、実験室で走っているわけではない。雨、風、雪、泥、ホコリと様々な条件下でレースを走らねばならない。
Muc-OFFの開発者たちが次に行ったことは、ワールドツアーでの実践環境でLUDICROUS AFを投入する現場での実験だった。まずは、三時間のドライコンディションでのロードライド後に約60分間の試験を行った結果は以下の通りだ。
CERAMICSPEED DRIP(Gen1)は、5分後以降はどんどん抵抗が増している。SILCA SYNERGETICは、徐々抵抗が減っていく傾向にある。AbsoluteBlackは初めは抵抗が小さいものの徐々に増加傾向にある。LUDICROUS AFはSILCA SYNERGETICと同じく抵抗が減少してく傾向にある。
この抵抗の増大、減少はチェーン内にどれだけルブが留まっていられるかと大きく関係している。試験環境はドライコンディションであるため、ウェットや泥といった状況ではまた別の結果が出ると考えられる。
ワールドツアーのレースデータと最適化
LUDICROUS AFは実際にワールドツアーのレースに投入する試験も行われた。さらに「LUDICROUS AFをどのように使うか」というテストがお紺われた。LUDICROUS AFをただ単に塗布するだけではなく、どのような方法で、どのような回数、どれだけの量を使うかといったチューニングの部分が追及されていった。
上のグラフは、ワールドツアーで使用されたチェーン(994番と997番)の損失ワットを示している。どちらも、2名のワールドツアーライダーが2セットのチェーンの最適化を3回行っている。2つのグラフから、チェーン最適化を繰り返すメリットと、Ludicrous AFがもたらす性能の一貫性がよみとれる。
これらは、INEOSのようなマージナルゲインを追求するプロチームにとって非常に重要な最適化だ。小さな性能差がもたらすメリットを享受しようと、どのチームも躍起になっている。ルブの傾向や性格を把握することによって、天候や気温にかかわらず最高性能を発揮することだけにメカニックは注力できるようになる。
塗布の回数と損失の関係性
最適化は塗布の回数によって決定される傾向にある。実際に行われた試験において、1回目、2回目、3回目と再塗布をすることによって損失が小さくなっていく傾向がつきとめられた。したがって、最高の性能を発揮したい場合は3回の再塗布が望ましいことがわかる。
使用方法
Ludicrous AFの性能を引き出すために、使用方法が厳格に定められている。また、先ほどの「最適化」の方法も提示されている。ほかのルブとは少々毛色が異なっているため本章でで詳細にまとめた。
使用方法は以下の通り。
- ルブを塗布する前にドライブトレインを超音波洗浄機を用いて完全に脱脂する。
- 全体を乾かす。可能ならオーブンで乾かしてすべての水分を取り除く。
- Ludicrous AFを塗布する。ボトルを強めに振り、各チェーンリンクのローラー(チェーンリングやプーリーと触れる部位)に1~2滴塗布する。
- ペダルを逆回転させ、すべてのリンクにルブを行き渡らせる。
- レースの少なくとも24時間前に塗布すること。
最適化の方法としては、Ludicrous AFを初めて塗布したチェーンの場合、最短2・3時間の走行後に掃除と再塗布を行う。その後30分間走行すると、最も性能を引き出した領域に到達する。
このような最適を行う理由としては、Ludicrous AFの性質を考えてのことだ。Ludicrous AFはチェーンに塗布した瞬間から高い性能を発揮するが、最初に摩擦調整剤が作用する。チェーンが動いている間、ルブに含まれる添加剤が引き寄せられて活性化し吸着が起こる。
添加剤が接触面のいずれかの側で吸着を始めると、徐々に低摩擦層も形成される。それらが摩擦を軽減させる役割をになう。数回の掃除と再塗布でチェーンが最高の状態になる理由はここにある。
インプレッション
実際にLudicrous AFを使用して実走した模様をお伝えする。
まず初めに、ライダーが実際に使ってみて1Wの違いがわかるということはまずない。バイクの性能、タイヤの性能、ホイールの性能のどれかを1つ切り出して機材を評価することはできない。人間が絶対評価をすることは不可能で、相対評価の領域を出ることはない。
しかし、チェーンルブの持ちの良さや、音の違い、踏み出し始めの滑らかさは感じることができる。実体験の話をすると、普段のトレーニングはピストバイクと4本ローラーを使っているのだが、Molten Speed Waxを施工して1か月程使った後にAbsolute Blackのグラフェンルブを塗布したところ、あきらかに静かになり踏み込んだ時に違いがわかった。
このように、音が静かになり、踏み込んだ時のフリクションの違いは毎日同じような機材を使うと(相対的に)体感できる場合もある。体感できるできないの話は、ライダーの感じ方ひとつで大きく変わってくる。したがって、Muc-OFFが行ったような実験で摩擦抵抗が小さいという結果をライダーは信用するしかない。
いわば、自分では確かめられない絶対評価の部分だ。このような前置きをふまえつつ、Ludicrous AFを試した。これまで私が使ってきたルブは幸いにしてMuc-OFFのテストですべて網羅されている。
- CERAMIC SPEED UFO DRIP(Gen1)
- CERAMIC SPEED UFO DRIP NEW FORMULA(Gen2)
- ABSOLUTEBLACK Graphene Lube
- SILCA Synergetic Wet Lube
- Molten Speed Wax
今回のMuc-OFFの実験でひとつ指摘しておかねばならないことは、CERAMIC SPEED DRIPと記載された製品が「Gen1」か「Gen2」どちらを用いたのかわからないことだった。推測の域を出ないが、Zero Friction Cyclingの実験データーと比較すると、おそらくGen1の古いモデルと比較されているのではないかと推測している。
CERAMIC SPEED UFO DRIP NEW FORMULA(Gen2)はABSOLUTEBLACK Graphene Lubeのようにワックス系のドロッとしたタイプにモデルチェンジした。そして、実際にZFCで試験した結果を確認すると、Gen2はABSOLUTEBLACK GrapheneはSILCA Synergetic Wet Lubeよりもドライやウエット共に優れた性能を備えている結果が出た。
これでは、Muc-OFFが提示した実験結果は何だったのか、という事になる。しかし、Muc-OFFが自ら指摘しているように「チェーンルブの試験方法は標準化されていない」という事に結び付く。実際にZFSはMuc-OFFのLudicrous AFをテスト中だ。最終的な結果はまだ出ていない。
チェーンの潤滑剤テストで最も有名かつ、過酷なテストを行っているZFSのテスト結果が待たれるところだ。このように、実際に別の機関で試験を行うと違ったデーターが出ることは自転車業界に限らず、ざらだ。
それでもMuc-OFFは世界最高峰のINEOSとの開発協力関係がある。マージナルゲインを追い求める同チームとしてみれば、世界一摩擦抵抗が小さい潤滑剤を使いたいはずだ。そして、実際にMuc-OFFの潤滑剤を使用して、グランツールを制覇している。もしも、Muc-OFFの製品が悪ければ契約がすぐにでも切られるはずだ。
これらの前提条件をふまえつつ、あとは自分自身でLudicrous AFを使用してその真価を確かめるだけだ。Ludicrous AFを直訳すると「ばかげた」という意味の日本語になる。潤滑性能をばかばかしいほどに極限まで高めたという意味なのだろうか。
さて、実際に使ってみた。比較対象は以下の通りだ。
- CERAMIC SPEED UFO DRIP NEW FORMULA(Gen2)
- ABSOLUTEBLACK Graphene Lube
- Molten Speed Wax
UFOのGen1を使わない理由は単純に管理が難しいからだ。気温条件に大きくされるオイルで使い勝手が悪い。また、塗布するさいにドバっと一気に流れ出てしまうため施工も難しい。Gen1を使うならGen2を使用するほうが経済的にも、精神的にも、性能的にも安心だ。
ABSOLUTEBLACK Graphene LubeとMolten Speed Waxはピストバイクに使用している。毎日欠かさずトレーニングで使用するためオイルの耐久性を優先している。とはいえ、これまで実際につかってみて最も優れていると感じているのはMolten Speed Waxだ。ワックスの持ちの良さ、フリクションの少なさは群を抜いている。
これらをふまえたうえでLudicrous AFをテストした。感覚的な相対比較であるが、Ludicrous AFは、UFO DRIP NEW FORMULA(Gen2)と同じようにチェーンの音が非常に小さい。また、踏み込んだ時のクッションのような感じは同様だ。Molten Speed Waxは鉄と鉄がかみ合うような硬い感覚がある。
確かに違うかもしれないな、と感じたのはLudicrous AFは低トルクで回しているとスカスカ感がかなり強い。対してUFO DRIP NEW FORMULA(Gen2)は、低トルクから高トルクまで粘っこくあまり違いを感じられないが抵抗が小さい潤滑剤だ。大げさに言うと、Ludicrous AFはチェーンが付いていないクランクを回すような感覚がある。
この傾向は、New Motion Labsで実施されたトルクとケイデンスの関係を測定したヒートマップを思い出した。低トルクで回してもLudicrous AFは効率が良い結果が出ている。プラシーボ効果かもしれないが、実際に使ってみると確かに低負荷の回転はなめらかに感じる。
高負荷の場合は、現在使用しているどの潤滑剤でも明確な違いを感じられなかったのではっきりと書いておく。
次に耐久性(どれだけチェーンにとどまっていられるか)だ。Muc-OFFの説明と製品紹介に誤りが無ければ、公称値としてドライでは1600km以上、全天候で最短800kmとある。ほ、本当か?と疑いたくなるような持続性だ。この距離を今回のテストで試すことはできなかった。
しかし、150~200kmほどのライドを2回続けて行ってもチェーンからシャリシャリ音がすることは無かったため、ある程度の持続性は担保できていそうだ。今わかっていることとして、UFO DRIP NEW FORMULA(Gen2)は、150kmほど走ると後半にチェーンのシャリシャリ音が大きくなってくる傾向にある。
そのため、土曜日に150km以上走る場合は翌日も走るために再塗布している。Ludicrous AFはこのような傾向が見られなかった。しかし、よくよく考えてみればUFO DRIP NEW FORMULA(Gen2)を使う場合は、チェーンの上から1周、下側から1周の合計2回しか塗布していない。オフィシャルの1/2の量しか使っていないためフェアな評価をしているとは言えないだろう。
Ludicrous AFを使う場合はメーカー推奨の最適化を施した。そのため純粋な比較はこれから継続的に行う必要がある。まだ使い始めて間もないため、正確な感覚や耐久試験といった実装ベースでのインプレッションはまだ精度が荒い。冬場はシクロクロスで投入し、Ludicrous AFを継続的に長期テストを行う予定だ。
製品の特長と仕様
Ludicrous AFで使用している材料の特徴は以下の通り。
- 生分解性でサステナブルな原材料を採用。
- 環境に配慮した石油を含まない成分で純粋な性能を追求。
- 性能が持続する合成ポリマーを配合。
Ludicrous AFの保護機能は以下の通りだ。
- クラス最高の低摩耗を発揮し、チェーンの寿命を伸ばす。
- 超高耐久 – 摩擦面を再コーティング。
- 分子レベルで表面を改善、チェーンを使うたびに性能が向上。
- ルブをすべて落としてから新たに塗布する必要がない。
- 独自の添加剤は自己潤滑性を実現。
Ludicrous AFがもたらすパフォーマンスは以下の通りだ。
- ワックスなどと異なり、すべての温度域で安定した性能を発揮。
- 気温-20℃まで使用可能。
- 非常に低い摩擦係数。
- ウェットとドライコンディションの両方で究極の性能を発揮。
- 静粛性に優れる。
- 全天候で最短800km
- ドライでは1600km以上
まとめ:実験上最も抵抗が小さいという事実
Ludicrous AFは世界一抵抗が小さな潤滑剤だという。しかし、Muc-OFFも述べているとおり、自転車界にはチェーンの測定試験は標準化されていない。CERAMIC SPEED社やAbsolute Black社が独自に行う試験や、ZFSが実施しているテストなど様々な手法が存在している。
Muc-OFFが今回行った実験の数々は、それら「メーカーが独自に実施した都合の良い実験」から脱却するものだ。ZFSが行っているような第三者機関に対して様々な角度から実験を行った。その結果はLudicrous AFが最も摩擦抵抗が小さかった。この実験結果を反証するためには、また実験を行う必要がある。
ここまでは性能や特徴のみにフォーカスしてきた。しかし、おふざけが多そうなブランドMuc-OFFの製品は”意外”な特徴もある。Muc-offはプロジェクト・グリーンという完全に生分解性で持続可能性施策を行っている。本製品も着色料、香料、防錆剤など不要なものは一切使用していない。生分解性でサステナブルな原材料を採用している。
環境にも配慮しつつ、性能も一級。それでいて世界最高峰のINEOSを支えているわけだからぐうの音も出ない。
ただ1つ難点もある。50mlで9999円(税込)だ。海外でも同様の価格であり非常に高価なルブであるため、誰にでもお勧めできる潤滑剤ではない。しかし、全日本選手権や国内のツール・ド・おきなわ、乗鞍ヒルクライムといった1%の差が勝負を分けるようなレースには投入する価値はある。
また、1600kmチェーンオイルを塗布したくないというユーザーにも良いかもしれない。ダート環境でも800kmの耐久性とあるので、シクロクロスシーズンは1度もオイルを塗る手間がなくなるがそれは実際に試してみなければわからない。
常用するには非常に勇気のいる製品である一方で、その性能は様々な実験に裏付けされている。世界最速の定義はあいまいではあるものの、実験上優れたデータが出ている製品であり実際に使ってもその効果の一端が垣間見れた。
性能に納得できれば、あとはこの価格だけだ。それさえクリアすればLudicrous AFを使うことで世界最速はあなたのものになる。
Muc-offを取り扱うショップは以下のURLを参照のこと。世界最速を手に入れたい方は是非試してみてほしい。