TREKのバイク開発の裏側、Madoneの穴の中はこうして可視化された。

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image: TREK

TREKはバイクの開発において、自社が使用する解析システムや実験施設をメディアやユーザーに公開している数少ないメーカーだ。開発”戦争”と呼ばれるほど、開発でライバルの先を行き勝つことは、社運を左右する重要な柱になっている。

TREKがバイクの開発において、設計空間探索ソリューションであるHEEDSを使用していることは有名な話だ。HEEDSはEmondaやAEOLUS ホイールの開発に用いられており、Madoneの開発でも用いられている。

今回の記事は、TREK Madoneのインプレッションの番外編として、バイクを実物として作る前の数値流体力学解析(CFD)や有限要素解析(FEA)についてみていこう。

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他の追随を許さない開発力

image: TREK

バイクの設計には、複雑な物理学や、複数の物理現象間における未知の相互作用が綿密に関係している。現代の重要な開発課題は、エアロダイナミクスの最適化と重量減、乗り心地に影響する快適性とのトレードオフにある。

エアロ開発におけるトレードオフには重量削減以外にも、エアロダイナミクスに優れたバイクは乗り心地が悪く、ハンドリングも悪いことが知られていた。

TREKはMadoneの開発において、この課題に取り組み続けていた。数値流体力学(CFD)と有限要素解析(FEA)を併用することによって、快適な乗り心地とスムーズなハンドリングを実現するエアロダイナミクスに優れたバイクの開発を進めた。

エアロダイナミクス性能は、チューブ形状に最も影響を受ける。バイクのみならずハンドルといったあらゆる部分に対して言えることだ。エアロダイナミクスに優れたチューブ形状とは、一般的にアスペクト比が高く、チューブの深さがチューブ幅の2~3倍にもなる場合が多い。

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これにより、優れた空力を得ることができるが、断面が大きいため、I形鋼(断面がローマ字のIの形をした鋼材)のように曲げに強く、ライダーにとってみれば乗り心地が悪いバイクになってしまう。

この矛盾を克服するために、TREKのエンジニアはMadoneに可変式ISOSPEEDやISOFLOW構造を採用することよって、エアロダイナミクスと快適性を両立するという解決策にたどり着いた。

この新しいフレーム設計方法によって、TREKは自動車レースの世界で生まれた空気力学的翼形デザインであるKVF(Kammtail Virtual Foil)チューブ形状を用いて、エアロダイナミクスを最適化したチューブ構造をフレーム設計に活かしている。

乗り心地に関してはFEAに基づいて、たわみと垂直方向のコンプライアンス(物体の変形しやすさ)をチューニングし最適化している。これらは、振動や路面の凹凸をライダーにできるだけ伝えないようにするために、フレーム自体を緩衝材として機能させるためのチューニングでもある。

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自転車設計の自動化

Simcenter  STAR-CCM+を用いたGen6 Madoneの解析 image: TREK

Simcenter STAR-CCM+を用いたGen7 Madoneの解析 image: TREK

TREKのエンジニアは、フレーム設計を自動的に最適化できるツールを模索していた。

既存のコンピュータ支援エンジニアリング(CAE)ソフトウェアであるCFD用のSimcenter  STAR-CCM+とFEA用のAbaqus、そしてコンピュータ支援設計(CAD)システムであるSolidWorksと互換性のあるソリューションが必要だった。

ツールに求められていたことは、問題の設定に時間を必要とせず、高速な解析が可能で、結果を視覚化でき、バイクデザインをグラフィカルに自動的に探索できることだった。

一方でハードウェア的な問題も考慮しなければならず、CFDシミュレーションは計算内容が膨大であるため処理実行時間が長くなる傾向がある。そのため、クラウドハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)に対応したソフトウェアを求めていた。

HPCとは、特定の領域や分野を対象にしたハードウェアやアプリケーションのことではなく、膨大なデータに対して複雑な演算処理を高速に実行すること指している。

image: TREK

TREKのニーズに最適なソリューションは、シーメンス・デジタル・インダストリーズ・ソフトウェアの設計空間探索ソリューションであるHEEDSソフトウェアだった。HEEDSはTREK Emondaの開発に用いられていたことが知られているが、ホイールのAEOLUS XXXの開発でも用いられた。

HEEDSは、エンジニアが選択した設計・解析ツールに基づいて、設計の作業工程を追跡し、自動化する機能を備えている。エンジニアが設計パラメータと多分野にわたる設計目標を定義すると、HEEDSは自動的に設計空間を探索し、指定された目標をすべて満たす実現可能なソリューションを迅速に特定できる。

EmondaやMadoneの開発プロジェクトにおいて、HEEDSがフレーム最適化のための複数の設計目標を扱えることが証明された。この研究の目的としては、期待する剛性と目標重量の両方の制約を満たしつつ、同時に空気抵抗と重量を限りなく最小化することにあった。

パラメータの1つとして、CADで様々な断面を探索する設定がされた。Simcenter STAR-CCM+ではフレームの空気抵抗を計算し、FEAソフトウエアではフレーム重量と剛性を計算するプロセスに結合するように設計された。

HEEDSは様々な設計を反復検索し最適値を求める計算を得意とする。各反復の主要な性能特性を数値的かつ、グラフィカルに特徴付け、各反復が質量、構造特性、空気抵抗の間でトレードオフのバランスをどのようにしてとっているかを、エンジニアに示した。

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ボトルの空気抵抗を最小化

image: TREK

定義した条件の範囲で、EmondaやMadoneを最速のバイクにするためには、ボトル位置の違いが空気抵抗にどのような影響を与えるのかを分析する必要があった。

ダウンチューブとシートチューブにボトルを追加すると、圧力抵抗が増し、チューブ表面の気流が乱れるため空気抵抗に影響を与える。これらの不利なdragの影響を最小化するため、HEEDSを使用して、フレーム全体のdragを最小化する最適なボトルの位置が探られた。

まずCADモデルで、試作フレームのダウンチューブとシートチューブの任意の位置にボトルを取り付けた。各ボトルの元の位置は、BBの中心を基準にして、HEEDSで様々なボトル位置を反復し、事前のdrag結果に従って反復入力値を徐々に調整していった。

140回の反復の結果、最終的には全体の空気抵抗が5.5%減少した。この研究では、シートチューブのボトルをボトムブラケットに向かってできるだけ低く配置し、かつダウンチューブへの影響を最小限に抑える配置が好ましいという結果が得られた。

Gen6 Madoneの解析。 image: TREK

シートチューブは、バイク全体の空気抵抗を決定する重要な部分である。このチューブをできるだけ露出させないことで、空気抵抗の悪化を最小限に抑えることができる。

HEEDSの利点は、様々な条件探索によって膨大なデータを得ることができ、開発の目的達成に近づく傾向を明らかにできることだ。

HEEDSを用いることで、設計の変数(例えばボトル位置)と性能属性(空力性能や重量)の間にこれまで知られていなかった相関関係がいくつも発見された。これらは、すでに知られている現象に対して、エンジニアの洞察が深まることにも繋がった。

また、設計の根底にある物理学的な理解が深まっただけでなく、問題を多角的な視点から見るきっかけにもつながった。実際、ボトル位置の研究のように、エンジニアが思いもつかなかった解決策をソフトウェアが探索し発見することもある。

image: TREK

ソフトウェアによる自動化された設計の探索(最適解のあたりをつける作業)は、これまで人が手作業でひとつひとつ順番に実行してきたことだ。このような人力の繰り返し作業と比べると、自動化は圧倒的に反復できる回数や条件が増し、設計に関する最適な情報をはるかに多く得ることに繋がった。

その結果、これまでエンジニアらが長年の経験則から導き出していた結論が、以前よりも客観的かつ、数値データに基づいたより根拠のある結論になっていった。

CFDやFEAを使った最適化も当初は手作業で行っていた。HEEDSのような自動探索を使用しない場合は、エンジニアは通常、与えられた問題に対して30から50程度の異なる設計パターンしか解析できなかった。

それが現在では、HEEDSを使えば、500から1,000の繰り返し処理を同じ時間、あるいはそれ以下の時間しか必要とせずに、簡単かつ速やかに探索を実行できるようになっている。


しかし、その結果、別の問題も顕在化してきた。膨大な数値計算を行うためにコンピューターへの処理要求が大幅に高まるという新たな課題が生まれたのだ。そこでTREKは、クラウドコンピューティングに目を向け、Rescale社のクラウドシミュレーション・HPCプラットフォームであるScaleX上でHEEDSが利用できることに注目した。

Rescale ScaleXプラットフォームはHPCに特化した従量課金のクラウドサービスだ。 スーパーコンピュータークラスのハードウェアだけでなく、数百種類におよぶアプリケーションソフトウェアまで提供されている。Webブラウザから簡単かつ、すぐにジョブを投入し規模に応じた処理を行うことが可能だ。

TREKはScaleXを用いて、約1,200万セルの風洞モデルで自転車を扱う典型的なSimcenter STAR-CCM+のケースを基準にして処理にかかる時間がどれくらい短縮できるかを計測した。

自前の古い12コアのHPCでの実行時間は、1つのdragを抽出するのに6時間を要していた。64コアを使用するScaleXクラウドプラットフォームでは、42分と劇的に短縮された。

96コアを使用した場合、実行時間はさらに短縮され32分になった。128コアを使用した場合、実行時間はわずか22分という処理時間だった。

クラウドHPCを利用することで、解析結果が出力されるまでほぼ丸一日待つかわりに、エンジニアはほぼリアルタイムで解析結果を抽出し、レポートを提出してプロジェクトを次のステップに進ませることが可能になった。

これらの解析システムを用いることによって、TREKのエンジニアはこれまで知られていなかったフレームの相関関係を可視化できるようになった。設計の最適化や、基礎となる根本的な物理学の理解も深まり、問題を多角的に分析し、客観的なデータから結論を発見する後押しにもなった。

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ドラフティングの最適化を特定

image: TREK

TREKは、クラウドHPCの価値を実証するプロジェクトにおいてドラフティングの最適解を特定した。選手たちがプロトン内で密集している状況下で、どの場所が空気抵抗が小さく、かつライダーのパワーを節約できるのか、複雑な条件がからみあう状況についても研究した。

Simcenter STAR-CCM+とHEEDSを連成解析に使用し、エンジニアはScaleX上でシミュレーションを行いて、様々なドラフティング方法を研究した。このケースでは、計算領域内に4人のサイクリストをモデル化し、そ れぞれのX-Y座標と横座標を設定した。

まず、Simcenter STAR-CCM+でCFDケースを設定した。ScaleX環境で事前に定義された最適化ワークフローを使用して、Simcenter STARCCM+とHEEDSを1つのシミュレーションに結合し、64個の高性能コアHPCで処理を実行した。

このシミュレーションでは、定常状態のレイノルズ平均ナビエ・ストークス(RANS)乱流モデルを使用して、複数のライダー間の空気力学的影響が調査された。

image: TREK

HEEDSの反復計算が実行されると、解析者は指定されたプロトン内を動き回る各選手の様子を見ることができ、HEEDSはライダーの位置取りの傾向やライダー間の関係を探索し、可視化した。その結果、空気抵抗の低減が特定のポイントに収束する様子を表す事が可能になった。

このように、HEEDSはプロレースにおける最適なドラフティング戦略について情報を得た上で、最適な戦略決定を下すためのシミュレーションを行えることを実証した。

膨大な設計デザインの探索と超高性能なクラウドコンピューティングは、TREKの研究開発プロセスを飛躍的に前進させた。最新の開発ソフトウェアは、プロレースの位置取りや隊列戦略から、MadoneやEmondaの実際の開発にまで幅広く生かされている。

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