TREK Madoneは「究極のレースバイク」というふれ込みで登場した。空力、軽さ、反応性などレースバイクに求められる要素が最大限に高められていた。最も特徴的なのは、空力性能とコンプライアンスを高めるISOFLOWだ。
ISOFLOWはシートチューブに大きな穴を搭載した独自デザインで、この大胆なデザインは賛否両論を巻き起こした。
TREKによれば、ISOFLOWはエアロダイナミクスの向上以外にも、軽量化、コンプライアンス(変形のしやすさ)の向上に寄与しているという。エアロダイナミクスの改善も大幅に達成しており、約3ワットはISOFLOWによるもの、残りは新しいフレームの特徴によるものだという。
今回のインプレッションは、前半、後半、番外編の3部にわけて構成している。今回の前半は、第7世代のMadone SLRの設計思想を中心に紹介し、後半ではインプレッションをお伝えする。
Madoneの歴史と「世代」
「世代」でまっさきに思いつく製品といえば、Apple社のスマートフォンであるiPhoneや、intel社のCPU Coreシリーズだ。「世代」はブランドを象徴する製品の血統を示し、継続的にアップデートしていく開発・プロモーション手法ともいえる。
日本の天皇家のように「歴史」そのものが意味を持ち、誰しもがその世代に対して深い親しみを持つ。世代(Generation)という言葉には、絶え間なく積み重ねてきた歴史と物語がつめこまれている。「第7世代」のMadoneも、TREKにとって特別な意味を持っているはずだ。
TREKのEmondaが発売されたときは、確か3~4世代目だったが、具体的に「第X世代」という言葉を用いたプローモーションを行わなかった。Madoneは特別扱いで、同社のアイコン(象徴的なもの)なのだろう。それは、多くのサイクリストにとっても同じではないだろうか。
わたしがロードバイクを始めた頃、ランス・アームストロングが操り、勝利を量産する「Madone」という名のバイクはロードバイク界の王様だった。ランス自身が、TREKの株主として開発に関わっていたこともあり、当時から話題に事欠かない憧れのバイクだった。
「ランスxMadone」というイメージは、今となってはTREKにとって、思い出したくはない、消し去りたい事実かもしれない。しかし、ランスが操るMadoneに心底憧れていた。だからこそ少しだけ、時代を象徴したサイクリストとバイクについて触れてみたい。
「サイクリストとバイク」という結びつきは、いつもその時代を象徴していた。時代を象徴するトップサイクリストが操るバイクは、いつもブランドの代名詞になっていた。現代であれば、マチュー・ファンデルプールとAEROADといったように。
時代をすこし遡ってみよう。
ファウスト・コッピはビアンキを使用した。エディ・メルクスはコルナゴを使用した。ミゲル・インデュラインはピナレロ(スチールバイクでツールを制した最後のサイクリスト)だ。
そして失脚したツール優勝者(あえて、こう書く)のランス・アームストロングはMadoneによってTREKに驚異的な支配期をもたらした。
Madoneの黎明期の歴史を語るとき、アームストロングとTREKを切り離すことは不可能だ。ツール・ド・フランスで7連覇を達成し(その後、公式記録から抹消)、TREKは世間から一躍脚光を浴び、ロードバイク市場で世界的なプレーヤーとなるきっかけを作った。
この時代、TREKとランス・アームストロングは二人三脚の強力なパートナーだった。世間やメーカーがランスのことを好きか、嫌いかは別として、だ。
ランスは機材に対して特別なこだわりを持っていた。廃盤になった旧型のシマノペダルをずっと使い続ける保守的な機材選択を好むかと思いきや、Lightweightを使用し極限まで良いバイクを求める傾向もあった。
機材への執着心、ツール・ド・フランス連覇、これら世間に与えた大きな影響は、TREKのエンジニアが「Madone」というプラットフォームの開発を今日まで継続させる原動力になっているのかもしれない。
他ブランドのレーシングバイクがMadoneを模倣してきたように、Madoneの歴史自体が開発の最も重要な根底部分を定義し続けてきた。Madoneが登場した時代から、レーシングバイクは短期間で急速に進化を遂げていったようにおもう。
TREKがバイクフレームにもたらした最大の貢献は、OCLV(Optimum Compaction, Low Void)だ。TREKはカーボンファイバーをいち早く採用し、1992年に初めてロードフレームにこの構造プロセスを導入した。
TREKは革新的な企業であり、その後も、1インチクイルステム、プレスフィットボトムブラケット、テーパーヘッドチューブなど、20世紀後半にロードバイクを一変させ、バイクの性能を急速に向上させる技術を生み出し、投入してきた。
ランス・アームストロングのツール初勝利は、Madoneの前身であり、カーボンファイバー加工が施された最初のモデルであるTREKの5000シリーズのレースバイクだった。実際に「Madone」という名のバイクが登場したのは2003年になってからだ。
初期のMadoneは、ナンバーからネーミングに変わったことだけが目立った。基本的なテクノロジーはほとんど変わっていなかったという。
Madoneの由来は、フランスのCol de la Madoneから取ったものだ。イタリアに渡る前のフレンチ・リビエラ最後の村、マントンからスタートするこの峠は、全長14.5km、平均勾配6.7%。927mに頂きが続く。
峠はレースで使用されたことはないが、アームストロング財団が体力測定の重要なテストとして使用したことで一躍有名になった。
それ以来、南仏を拠点とするプロサイクリストのクライミングトレーニングコースとして人気を博している。峠のランスの最速タイムは30分47秒だったが、クリス・フルームがそれよりも速く、30分09秒というタイムが報告されている。
Madoneは、2004年にランスが初めてツール・ド・フランスで優勝したのを皮切りに、その形成期には多くの変化があった。フレームは軽量化され、革新的な開発がなされた。
一方で、昔のレースバイクを代表する前傾したトップチューブ(現代では信じられない!)を採用するなど、当時は伝統的なバイクスタイルを維持していた。
しかし、2008年には、これらの古い考えや技術を捨て、革新的かつ新しい考えを取り入れた。TREKはこれまでのバイク概念を完全に廃棄し、当時としては過激なデザインを導入した。
以降のMadoneは、傾斜したトップチューブ、コンパクトなジオメトリーが考案された。バイクのフィッティングが容易になっただけでなく、当時としては画期的な90mm幅のプレスフィットボトムブラケット(BB90)、一体型シートマスト、テーパーヘッドチューブなど、多くの新機能が導入された。
当時のTREKの開発思想が優れていたのは、BB90の幅広のボトムブラケットシェルを採用して余分なスペースを最大限に活用したことにある。ダウンチューブを74mmに拡大し、現代では当たり前になっている非対称のチェーンステーの設計もバイクの性能を飛躍的に高めることになった。
当時から「剛性」はバイクの開発競争に欠かせないテーマだった。BBに採用するベアリングは、カーボンファイバーで成形されたベアリングフェイスをフレームに直接押し込むことでフレーム重量を削減した。
BB90の「できるだけ幅広」と「できるだけ軽量化」という開発手法は他社ブランドを含めて何年も続く技術的特徴になった。しかし、圧入式という構造自体の問題も抱え続けた結果、今では、北米メーカーを中心に様々な理由からスレッド式のBSAやT47が採用されている。
この頃のMadoneには、TREKのロードバイクの特徴であるセミインテグレーテッドシートマストも新たに採用された。当時LOOK、TIME、GIANTといったブランドのフレームで流行していた完全一体型シートポストのような欠点がなく画期的な構造だった。
このシートマストは、軽量化と剛性アップに貢献し、さまざまな高さ調節が可能な短いシートポストがシートチューブ延長部を覆っている構造が採用された。これらの変更により、フレーム剛性は大幅に向上し、従来のMadoneから重量が約250g減少した。
Madoneは新世代の自転車レースと、ハイテク化が進むサイクルスポーツの先端を走っていた。そして、2007~2008年のツール・ド・フランスでアルベルト・コンタドールが優勝し、「Madone」の名を確実なものとした。
その後、Madoneはカーボンファイバーのレイアップを少しずつ進化させながら、剛性を高め、重量を減らしていった。そして、「高剛性x軽量化」の開発傾向は第7世代でも続いている。
第3世代は、前作モデルほどアップデートが行われなかったが、それでもいくつかの重要な開発が行われた。トレックは、OCLVカーボンファイバー製造プロセスの進化により、剛性をさらに高め、軽量化を実現するためにフレームを再形成した。
より軽量なE2フォークと内部ケーブルルーティングを追加し、シマノDi2に完全対応した。SSLバージョンはさらに軽量化され、56cmサイズで815gになった。
そして、シュレック兄弟やファビアン・カンチェラーラが所属していたレオパード・トレック、翌年、別府史之氏が所属していたレディオシャックがMadoneを採用し、Madoneは誰も疑わぬプロの常連機材になった。
もはや、「アーム・ストロングの成功」がMadoneを説明する材料ではなくなった。最新のカーボンテクノロジーを搭載し、軽量で剛性が高く、あらゆる条件に対応する性能を備え、プロアマ問わず、すべての人のレースバイクになった。
2012年の第4世代ではKVFチューブが採用された。56cmのフレームで815gから750gに軽量化され、空力を改善した設計により、従来のMadoneと比較して時速40kmで25ワット節約できることが大きな話題になった。
この空力性能は、UCIが定めるチューブ寸法の3:1比率ルールを満たすKVF(Kammtail Virtual Foil)形状のメインチューブを採用したフレームによって実現した。トレックは、空気抵抗に優れたチューブ形状とともに、ブレーキをチェーンステーの下と、フロントフォークに直接取り付ける新しい構造を導入した。
2015年の第5世代では現代のエアロ系レースバイクで当たり前になっている専用ハンドル、そして革新的な振動吸収技術「IsoSpeed」が搭載された。初期のエアロロードバイクは、硬くて不快な乗り心地だったが、TREKはこの問題をテクノロジーで解決した。
究極のレースバイク、とは何か―――。
現在でも続くテーマに対して、当時のTREKが出した答えだった。そして、2018年の第6世代は調整式トップチューブIsoSpeed、専用2ピースハンドルバー、Madone初のディスクブレーキモデルが登場した。
この頃になると、「ランス=Madone」という記憶は人々の中から忘れられていったように思う。Madoneは単に、同社を象徴するバイクになっていた。
そして、第7世代のMadoneが登場する。
時代の最先端を走ってきたMadoneは、どのようなアップデートと各新技術が施されたのか。冒頭でも触れたが、「サイクリスト」と「バイク」という結びつきは時代を象徴してきた。しかし、現代に登場した第7世代のMadoneには、結びつく「サイクリスト」の存在はなかった。
そこには、TREKの技術だけが結集した「バイク」だけが存在していた。
第7世代の開発思想
「究極のレースバイクとは何か」
TREKはMadoneに対して、これまでにない構造と性能を注ぎ込もうとしていた。初代から第6世代の長い時間をかけて、常に最高の技術が「世代」に反映されてきたMadoneであったが、実際に乗ったプロから多くの改善要望が上がっていた。
プロが「7世代目のMadone」の開発に求めていたことは実にシンプルだった。
同社が抱えるプロチームのトレック・セガフレードのライダーからの要望は、「さらに速く、さらに軽く」だった。昨今、どのメーカーであってもこの2つを目指す開発傾向は変わっていない。理由は単純で、物理的法則の空気抵抗と重量が、レースを支配しているからだ。
空力性能を高めることは、小さなパワーで速く走ることにつながる。軽さは、登りを軽快に駆け上がれる。とはいえ、単純に表現できる「空力」と「軽さ」をひとつのバイクで両立することが難しいのだ。
だからこそ、新型Madone”も”純粋な「速さ」と「軽さ」を突き詰めた。しかし、TREKはありきたりな方法と発想にとらわれなかった。
TREKが他社と異なっているのは、先程の歴史でも触れた通り、新しいカーボン素材や独特の機構を大胆に採用してきたことにある。6世代目のMadoneは、エアロロードながら乗り心地やフレックスを変更できるISO SPEEDを搭載した。6.5世代目ではOCLV800を採用し軽量化を果たした。
大手メーカーになると、保守的な製品ばかり生み出しがちになる。しかし、TREKは新しい素材や、速く走れる機構が開発できれば「大胆な構造であっても採用する」という挑戦的な製品開発を続けていた。
7世代目のMadoneも、その流れが確実に受け継ぐことになった。
新型Madoneの開発では、アワーレコードを樹立した世界最速のTTバイク「SPEEDCONCEPT」の開発で用いた技術や、風洞実験で得られたデーターを活用し、エアロダイナミクスを最適化した。7世代目は乗り心地を維持しながら、新たな「ISOFLOW」と一体型ハンドルバーを開発した。
使用する素材は軽量で強度の高いOCLV800カーボンを採用し、バイクのトータル重量は300g軽くなった。エアロダイナミクスは19W削減した。前作と比べるとある出力で45kmのTTを行った場合、60秒のタイム短縮する新次元の速さを手に入れた。
この飛躍的な性能向上の一翼を担い、7世代目の目玉技術である「ISOFLOW」はいったいどのような性能と役割があるのだろうか。
ISOFLOWの効果と役割
第7世代のMadoneでユニークなデザインかつ、特徴でもあるISOFLOWには以下3つの目的がある。
- エアロダイナミクスの改善
- コンプライアンスの向上
- 軽量化
メーカーのプロモーション情報としては、この3つに集約されている。しかし、そもそも論として、
「ISOFLOWの穴に意味はあるのか?」
という素朴な疑問が浮かんでくる。懐疑的になるのも無理はない。これまで見たことがないような形状と構造に対しては、誰しも同じような疑いの目をむける。空力的観点でISOFLOWが本当に意味があるのか、その役割について見ていこう。
ISOFLOWとエアロダイナミクス
ISOFLOWの空力的利点は、フレーム後方に生じる「空気の流れが遅くなる」部分を解消することにある。フレームに限らず、空気の流速が遅くなる(よどむ)部分を改善するアイデアは、Rule28の突起物が付いたウェア、Princeton Carbon Worksのホイールにも見てとれる。
空気は粘性流体であるため、流体の中を動く物体(例えば、空気中のホイールやバイク)には「圧力抵抗」と「摩擦抵抗」が生じる。これら2つの効力を組み合わせて「空気抵抗」と呼んでいる。摩擦抵抗と圧力抵抗はそれぞれ以下のように定義される。
- 摩擦抵抗:流体と物体表面の間の摩擦による抵抗
- 圧力抵抗:流れの剥離によって生じる抵抗
摩擦抵抗は、流体の粘性によって生じる物体表面の摩擦だ。流体と物体が接する面積が広いほど摩擦抵抗が大きくなる。また摩擦抵抗は、物体境界面の速度勾配に比例して大きくなる(ニュートンの粘性法則)。
圧力抵抗は、物体の正面と背面の圧力差によって生じる抵抗だ。物体から境界層が剥離することによって、物体の背面が「負圧」になり圧力抵抗が発生する。この抵抗を下げるための方法として、形状を流線型にし境界層を剥離しにくい乱流境界層に遷移させることによって、圧力抵抗を低減することができる。
ISOFLOWは、前方から来た速い空気の流れを、負圧になりやすいフレーム後方部分に送り込むことによって圧力抵抗を減らす役割がある。
この「負圧」のわかり易い例として、ボントレガーが行ったホイールの風洞実験がある。上図は負圧の空気の流れを可視化している。EASTON、ZIPP、BONTRAGER3社のホイール別に「Tire Leading」はホイール前方、「rim leading」はホイール後方を示している。
色の違いは空気の流れの速さを示している。青の領域は空気の流れが遅く風速0km/hに近づいている。赤の領域は空気の流れが速く風速32km/h相当だ。そして黒い矢印のポイントは空気の流れが分離(リムから空気が分離)する部分だ。
3社の結果でEASTONリムの負圧領域が多く最も空力が悪い。ホイールから空気の流れが分離するタイミングが早い段階で発生している。空気の流れは後ろに大きく伸び、青い領域が増えている。この低速の領域(2次元の解析上で面積が広い部分)は進行方向とは逆方向にリムを引っ張って(drag)しまう。
そう、”drag”だ。
風洞実験のデーターでしばしばお目にかかる「drag = ひっぱる」という現象が発生している。dragを別の表現で表すとしたら、「リムから離れようとしない空気の遅い流れ」と言い換えられる。進もうとする物体に対して、物体よりも遅いスピードでその場にとどまろうと居座り(重りになって)抵抗になる。
これがPressure drag(圧力抗力)だ。空気抵抗の主な原因になっている。
ISOFLOWのぽっかりとあいた”穴”は、前方から来た”速い空気”の流れをそのままフレーム後方に受け流し、空気がよどんでいる”遅い空気”の流れ、すなわち負圧領域(多くはフレーム後方で生じる)を吹き飛ばす役割がある。
「ISOFLOWの穴は意味があるのか」という問いに対しては、フレーム後方に生じている遅い空気の流れ(圧力抵抗)を速める効果がある、というのが答えだ。実際のシミュレーションと風洞実験において、ISOFLOWの穴があることで空気の流れの差が少なく乱流が発生しにくい結果が出ている。
ISOFLOWのしなりやすさ
7世代目のMadoneで目を引く特徴が、崖の上に反り立つようなシート部分だ。一見すると華奢な構造に見えるが、適度な”しなり”を持たせているため、乗車時の衝撃を緩和している。剛性は前作のISOSPEEDのスライダー3(標準)と同じくらいで、エアロロードながらも乗りやすく感じる。
わたし自身、6世代のMadoneのOCLV700とマイナーアップデートされたOCLV800に乗ったことがあるため、このフレックスの具体的な数値についてデータを交えて紹介する。おさらいとして、6世代目は調整式のIsospeedにより、剛性のチューニングが可能なバイクだった。
6世代目のMadone(56サイズ)においてフレームの縦剛性(サドル部)は、およそ119N/mm~175N/mmの間で剛性を調整できる仕様だった。5世代目のMadoneの縦剛性は144N/mm程であった。
7世代目のMadoneの剛性は、6世代目の標準スライダー位置である”3”であるため、およそ156N/MMの垂直方向の剛性にチューニングがされている。実際に7世代目のISOFLOWは、バイクの乗り心地を確かに向上させるかもしれないが、Madoneはレースバイクであるため、イージーな乗り心地になったわけではない。
乗り心地については後半のインプレッションで紹介するが、第7世代のMadoneはエアロ系ロードバイクらしからぬ、非常に乗りやすいバイクに仕上がっていた。これもISOFLOWが寄与している。
風洞実験結果
6世代目Madone(黄色)、7世代目Madone&通常ハンドル(赤)、7世代目Madone&新型ハンドル(白)を比較した風洞実験は上図のとおりだ。縦軸が空力性能をあらわす「CdA」で、横軸が風向きのyaw角だ。プロットが下に行くほど空力性能が良い。
補足として空気抵抗は、「空気密度x速度の二乗x空気抵抗係数x前方投影面積」で求められる。空気密度は気温と気圧によって左右される。空力性能は「空気抵抗係数(Cd)x前方投影面積(A)」になる。
白色の「7世代目Madone&新型ハンドル」の組み合わせは、6世代目のMadoneをあらゆるYaw角で超えていることがわかる。
特に珍しい結果として、yaw角が0度の部分に注目してほしい。実際に風洞実験を行ってみるとわかるのだが、真正面の空気抵抗はロードバイクの場合それほど大きな差が出ない(ハンドルやホースが支配的だ)。
しかし、データーでは0.02の差が生じている。この値は小さいように見える。しかし、例えば「40km/hで巡航する場合に必要なパワー」で換算すると、以下のようになる。
- CdA 0.31:285.53 W
- CdA 0.29:268.52 W
その差は、17.01Wだ。算出のために定義した条件は以下の通り。
- 巡航速度:40km/h
- 体重:60kg
- CdA:0.31 or 0.29
- バイク:7.0kg
- 転がり抵抗:0.003(TLやラテックス相当)
- 空気の密度(1atm,15℃):1.24
次に注目したいのが、7世代目のMadoneは通常ハンドルでも、6世代目のMadone(空力的に優れた一体型ハンドルを備えた状態)の空力性能を超えていることだ。ハンドルはまっさきに空気が衝突する部分であり、空力改善の影響が比較的大きい部分にもかかわらずだ。
したがって、第7世代はフレームの空力性能だけでCdAが減少していることも推察できる。
過去にVENGEのローンチ時にも話題に上がっていた「ハンドル部分の空力改善は非常に大きい」という話のとおり、7世代目のMadoneにおいても大幅な空力改善が見込める一体型ハンドルが刷新された。6世代目で採用されていたつなぎ目も排除されており、部品点数も少ないため空力も改善した可能性がある。
エアロダイナミクス 19W改善?
第7世代Madoneは前作と比べて約19Wの空力改善(時速45km)を達成している。これは、バイクで7.9W、ライダーで約9.3Wという内訳だ。ライダーの空力改善の要因としては、ハンドル幅が狭まったことによって前方投影面積が小さくなったことに起因している。
バイク単体だけでみれば先程計算した、yaw角0度における空力改善結果17Wと大きく離れた値だ。しかし、これは単一でみた場合である。風洞実験では、複数のyaw角サンプルから得られた値に対して重み付けをし、加重平均計算をおこなうからだ。
重み付けに明確な基準はない。そのため、多くの計算方法において現実世界で出現率の高い風向きに対し重点的に重み付けがされる。最も空気抵抗に差が出ているyaw角で17W、差がないyaw角で0Wであるため加重平均計算をすると7.9W程なのだろう。
ハンドルはブラケット幅が3cm狭くなっており、ライダーのポジションが改善されるため空気抵抗を受けにくくになった。その結果、エアロ性能が向上に寄与している。
OCLV800
第7世代のMadoneにはOCLV800が採用されている。同社のEmondaに初めて採用されて以来、ハイエンドバイクに必ず使用されている最高峰のカーボン製法技術だ。
OCLV(Optimum Compaction Low Void)とはカーボンファイバーの製法そのものを表している。カーボンを超高密度で圧縮(Optimum Compaction)し、かつカーボンとカーボンの間を極限まで減らす(Low Void)製法技術だ。
誤解されやすいのだが、「OCLV」というカーボン繊維で作られているわけではない。OCLVを構成している技術は頭文字のとおり「Optimum Compaction」と「Low Void」の2つだ。
「Optimum Compaction」はカーボンを適切に圧縮する製造方法だ。TREKでは超高密度圧縮と呼んでいる。カーボンフレームの製造方法では、熱と圧力を加えながら複数のカーボンシートをカーボンラグに圧着していく製造手法が行われている。
どれだけの「熱」が必要で、どれだけの「圧力」が必要になるのか。その「さじ加減」が重要だ。さじ加減のノウハウは企業秘密である場合が多く、製品の良しあしを左右する重要な製法技術だといえる。
Low Void(すき間が少ない)技術は、カーボンファイバー同士のすき間を極限まで減らすことを目的としている。すき間が増えることで問題となるのは、コンポジット自体(複数カーボン繊維を組み合わせて1つのフレームにした状態)の強度と耐久性が落ちてしまうことだ。
OCVL 800はOCLV 700と比べて引っ張り強度が30%増した。その結果、使用するカーボンの量を減らすことに成功した。というのも、フレーム重量を増やさずにエアロを獲得するためには、表面積を増やしつつも、使用する素材をできるだけ減らすという相反する難しい調整が必要になる。
OCLV 800で使用しているカーボンは、東レのM40Xだ。CANYON AEROAD CFRやPinarelloの新型TTバイクBOLIDE TTにも採用されており現状最高峰のカーボン素材だ。
TREKはこれまでヘクセル社の軍事用カーボンを用いていた。しかし、フレームの軽量化と高剛性化に伴って、東レ社のM40Xカーボンを使用したのだろう。M40Xはこれまでのカーボンと比べ、引張強度、圧縮強度、耐衝撃性が大幅に向上しているためバイクフレームに使わない手はない。
M40Xを使っても「剛性」が上がるわけではなく、実際には「強度」が増している。強度が増すことによって、結果的に素材の使用量を減らすことができる。強度を保持したまま理想的な剛性設計が可能となり、成形部品の軽量化に寄与している。
重要なポイントとして、東レからライセンスや素材の提供を受ければM40Xは使用できるのだが、OCLV 800の製法技術はトレックだけが所有権を持っており、他社が使うことはできない唯一無二の技術だ。
T47BB
TREKはこれまで同社の代名詞だった独自規格のBB90を廃止した。
新型Emondaから新しく採用されたのはT47だった。TREKがBB90からT47にシフトしたことは話題になった。T47とはPF30 BBと同サイズでスレッド化した、新型のボトムブラケット規格だ。T47規格自体はCHRIS KINGが主導している。
T47はどこまでも自由な規格で、CHRIS KINGに許可を取ることはおろか、ロイヤリティも必要としない。そして、特許や商標登録もされていない。まさにソフトウェアのオープンソースに似ている。誰でも利用することが可能だ。
T47のTはスレッドを意味している。47はネジの外径だ。これまで親しまれてきた実績のある従来のネジ付きボトムブラケットと同様に、T47は右ネジと左ネジを有している。ネジピッチは47 x 1mmだ。
T47は従来のプレスフィット型の定番でもあったPF30のBBシェルにネジを立てても使用できる。T47 BBが使用可能になるクランクシャフト側は、24mmと30mmスピンドルクランクに対応する。ただし、TREKが採用しているT47の規格は、T47のオープン化された規格寸法86.5mmとは異なっており85.5mmだ。
既存の86.5mm用のT47BBをTREKのT47BBに使用する場合は、1mmのスペーサーを挟めばいい。これはCHRIS KINGの説明書にも書いてあるとおり、オフィシャル(公式)の使い方である。したがって、T47のBBを購入した際は、スペーサーを挟んで使用するようにしよう。
しかし、TREKはなぜBB90を廃止してまでT47を採用したのだろうか。TREKが従来のBSAではなく、あえてT47にした理由について知りたい人もいると思う。私もそのうちの一人だ。この件は、Emondaのローンチの際、米国TREK社の開発者の方に質問したことがある。
T47 BBを採用した経緯と技術的回答は以下のとおりだ。
TREKは新しいBBを選択する際に4つのメリットに着目しました。
1つ目は、TREKは全く新しい規格を作り上げるつもりはありませんでした。業界の誰もが利用できる規格の中から、TREKが定めた目標のすべてに適しているものを選びたかったのです。
2つ目は、整備性が優れていなければならないということです。プレスフィットシステムは整備性だけで考えるとベストとはいえません。BBを簡単に着脱できるように切削されたネジ切り(スレッド)のシェルを探していました。
3つ目は、互換性です。市場には30mm径のスピンドルを用いたクランクが多数存在しています。これまでのBB90はこれらのスピンドル径に適合しませんでした。
4つ目は、TREKのフレームにはBB90が発明されて以来、用いられてきたデザイン哲学があります。BB90ならダウンチューブを太く作れます。BBの剛性を高めつつ、より応答性に優れたフレームを作ることが可能になります。T47もそれと同じ幅のダウンチューブとBBを実現できるのです。
T47なら、これまでのTREKの設計思想を受け継ぎ、BB90のノウハウも活かせる。整備性にすぐれたスレッド式BB、かつ反応性がよい、誰もが使用できる規格。これらを突き詰めていった先にベストな選択だったのがT47を採用した理由だ。
シートポスト
特徴的な7世代目のMadoneで目を引くのは、崖の上に反り立つようなシートポストだ。一見すると華奢な構造に見えるが、適度な”しなり”を持たせており、縦方向の衝撃を緩和する役目もある。
剛性に関しては冒頭で紹介した「ISOFLOWのしなりやすさ」を参照してほしい。前作のISOSPEEDをの中間フレックスと同じくらいで、エアロロードながらも乗りやすい剛性に設計されている。
- 47~54:ショートシートポスト
- 56~62:トールシートポスト
- オフセット:0mm
- 調整幅:6.5mm
各サイズのフレームに付属するシートポストのサイズは異なっており、47~54サイズにはショートシートポストが付属する。56~62サイズにはトールシートポストが付属する。シートポストのオフセットは0mmだ。シートポストの高さ調整の幅は6.5cm確保されている。
シートポストの高さ調整方法は、シートポストのウェッジアセンブリーを裏返すことで、1本のシートポストでシートの高さを広範囲で調整できる。シートポストはフレームと同じ色で、フレームのペイントに合わせて塗装されている。
また、サドル角度を調整する際に使用するボルトはチタンを採用している。細かな配慮であるが、嬉しい配慮だ。Madoneのサドル角度調整は、EmondaやBooneで採用されていた左右からバレルを圧入する方式と同様だが、新型Madoneはシートポストにスリットが入っておりバレルが着脱しやすくなっている。
私はBooneとEmonda両方使用しているが、バレルを圧入する外周部分にスリットが入っておらず、サドル角度調整の際に圧入したバレルをハンマーと突起物で叩いて外していた。新型Madoneはこの手間がなくなっただけでも、TREKユーザーには嬉しい改良と言えるだろう。
後半:インプレッション
ここまでの前半部分では、Madoneの歴史や第7世代の設計思想、ISOFLOW、空力性能などを見てきた。後半のインプレッションでは、実測重量、どんなシチュエーションに合うか、ライバルメーカーのハイエンドバイクと比較したMadoneについてお伝えする。