iRCタイヤが、タイヤインサートの「インナーセーバー」をリリースした。
後発品ということもあり、他社製品をよく研究した製品に仕上がっている。インナーセーバーが特殊なのは、32-33C専用というニッチな設計にある。シクロクロスタイヤ専用のインサートなのだ。
ロード用、グラベル用のインサートは数あれど、CX用のインサートはTubolightやCushcoreが販売していた程度で製品の数は極めて少ない。シクロクロス機材はシーズン物かつ、市場規模が小さいため、メーカー側からすると数も出ずうま味も少ない。
それゆえ、iRCタイヤが「CX専用」としてリリースしたインサートが気になっていた。今回の記事は、インナーセーバーを4本購入しSERAC CX、EDGEの前後に取り付けて実践テストを行った。
インサートの役割
そもそも、タイヤの中に余計なインサートを入れる意味はあるのだろうか。
タイヤインサートはロードやグラベル系ではまだ日が浅い機材だが、MTB界ではメジャーな機材として使用率も高く、標準装備になりつつある。特にダウンヒル競技では必須であり、トレイルを楽しむライダーにも広く普及している。
では、タイヤインサートの役目とは何だろうか。
当初はタイヤやリムの損傷を防ぐことが目的だった。副次的な効果として、サイドウォールの安定性が増しタイヤ空気圧を低く設定できる。タイヤが木の根や岩の上で跳ねるのではなく、障害物の周りでグニャリと変形する利点がさらに高められた。
インサートを用いることで、これまで以上に効果的にトラクションを引き出せるようになった。
タイヤインサートは小さな振動を減衰させる別の効果もある。バイクのコントロールがよりしやすくなり、上下に揺さぶられることで消費するヒステリシスロスを低減できる。
このように、タイヤインサートはタイヤ性能や走行体験を向上させることができる。しかし、ホイール外周重量の増加や、タイヤ内の空気体積の減少がトレードオフの関係にあることも理解しておく必要があるだろう。
タイヤにインサートを入れることは、サスペンションにボリュームスペーサを入れることと原理的に近い。同一空気圧の場合タイヤの潰れ方が変わってしまう特性がある。
インサートには、タイヤ空気圧の影響で縮むものと縮まないものがある。タイヤ内圧の影響を受けて変形するのだ。インナーセーバーは前者だ。そのため、インナーセーバーは転がり抵抗の増加はほとんどしないという。
サイドウォールの強化
インサートはサイドウォールの強化ができるものと、そうでないものがある。内圧で縮むタイプはサイドウォールをそれほど強化できない(多少の効果はある)。Cushcoreは平たいインサートのため、サイドウォールの強化が見込めるタイプだ。
インナーセーバーは1.5bar程の空気圧を充填すると、タイヤを手で握りつぶしただけでは内部にインサートが入っているのか判別が出来ないほど収縮しているようだ。
インナーセーバーは(他社の収縮しないインサートと比べると)それほどサイドウォールを強化してくれるわけではないが、サイドウォールの安定性が増すことで、体重がかかってもタイヤが座屈しにくくなる。特に低圧になるほど顕著だ。
したがって、インナーセーバーの真価は低圧運用したときに引き出されるのだろう。
パンク防止
タイヤインサートで期待されている性能は、パンク防止やリムの損傷を防ぐだけでなく、CXのレース中にピットまで乗車して戻ってこれることにある。レース中にパンクをしたことのあるシクロクロッサーならわかるとおもうが、ランよりもパンクしたタイヤで走るほうが圧倒的に速い。
もちろん、タイヤインサートは絶対的な安全を提供するわけではないし、衝撃が強すぎればリムは破損する。パンクに見舞われたとしても、タイヤインサートが入っていればリムを無用の長物にすることなく転がすことができる。
ただし、すべての素材には限界がある。インナーセーバーはパンクして走行した場合は交換が必須になっている。どんなに固い発泡インサートでも、シーラントの攻撃や走行中の衝撃によりいつかは破損してしまう。
これまでMTBを中心に様々なタイプのインサートを(バックアップ材も)使ってきたが、これまでの経験則ではインサートの重量が重ければ重いほど保護性能と耐久性は高くなる。
乗り心地への影響
タイヤインサートを入れると乗り心地が悪化する傾向にある。サスペンションのボリュームスペーサーならぬ、タイヤ用のボリュームスペーサーとも言い換えることができる。タイヤインサートはタイヤの空気容積を実質的に減らしている。
サスペンションでいうプログレッシブなダンピングに変化してしまう特性がある。タイヤ内の空気容積が小さくなることで、空気圧が低いほど小さな衝撃に対してより敏感に反応するようになる。
その結果、タイヤは路面の小さな振動をより効率的にいなす。乗り心地を向上させ、ライダーに伝わってくる疲労を軽減する効果もある。そのため、メーカーはフロントとリアの両方にタイヤインサートを使用することを推奨している。
同一空気圧であっても、インサートを入れた場合と入れない場合の差はかなり大きい。これはインサート自体のダンピング性能によるところもあるし、タイヤの空気量が減ったことも影響している。
その結果、悪路や木の根でホイールが大きく跳ねることが抑制されるため、より落ち着いたバイクに変化する。
装着方法
タイヤインサートの取り付けは、数ある作業の中でも最高難易度だ。
取り付ける前に注意すべきはバルブだ。通常のバルブを使用すると、根本がインサートと密着して空気が抜けなくなる(逆に空気は入れられる)。インサートに対応したバルブは、根元のゴムにスリットや溝がある。今回は、iRCマルチウェイバルブを使用した。
インナーセーバーの断面形状は逆三角形の形をしている。タイヤ側は幅広く、リム側は細くなっている。装着は細い側をリム側にし装着する。購入時は折りたたまれて箱に入っているが、折りたたまれた癖がついているため円を描くように手でしばく必要がある。
これまで様々なタイヤインサートを使用してきたが、コツはタイヤのビードをリムの中心に落としてインサートを浮かせる事だ。そのあとは、食器用洗剤を薄めたスプレーを吹きかけて滑りを良くしておく。
タイヤは最後の部分が最もハマりにくいため、iRCのチューブレスレバーを使って取り付けた。慣れていればなんてことはないのだが、女性や非力な方は取り付けることは難しいと思う。
シーラントはバルブコアを抜いて注入する。インジェクタータイプを使用すると簡単かつ、バルブを汚さずに注入できるが、インサートが邪魔をするため一気に入れすぎないようにしよう。
TOPEAKのジョーブローブースターで4本とも一発でビード上げができた。
インプレッション
2022年頃に様々なインサートを手当たりしだい試した。MTB用で常用していたCushCoreやTubollight、はたまたホームセンターに売っている施工用のバックアップ材も試した。MTBでは全てのホイールにインサートを入れてレースに出たが、CXでは次第に使用しなくなった。
「CXではインサートを使わなくてもよい」
というのが結論だった。理由は、タイヤの転がり抵抗が顕著に増えることと、低圧運用でタイヤ運用をしなくなったためインサートの使用をやめていた。最近になってインサートの必要性を再認識したのには3つ理由がある。
- SERAC TLRに変更した
- 低圧運用をするようになった
- パンクに見舞われた
一つ目は、SERAC TLからTLRに変更したことが理由だ。TLはCXタイヤにしてはしなやかであったが、シーラントを必要としない保護層を備えた比較的硬いタイヤだった。対してTLRはしなやかで滑る挙動が読みやすいタイヤに進化していた。
8の字練習をしている時に気づいたのだが、空気圧を下げると同じ速度で描ける回転半径を小さくすることができる。タイヤが潰れ面圧が向上し、地面との接触面積が増すことによってグリップしやすくなるのだろう。その結果、曲がる時に攻めやすくなる。
この経験をしてからというもの、SERAC TLRの設定空気圧はどんどん下がっていった。しかし、こうなってくると問題なのはボトムアウトだ。実際にレース中のリム打ちは何度もある。そしてパンクにも見舞われた。
インサートがあれば、ボトムアウトでパンクやリム破損を防げるばかりか、たとえパンクしてもピットまで乗車して戻れる可能性が高まる。という理由が重なり、iRCのインナーセーバーを改めて使うことにした。
グリップ力は変化するか
「インサートを入れるとグリップ力が増す」
という話やメディアの記事を見聞きするが、条件によると思う。厳密には、タイヤの内圧で縮小するタイプのインサートはこの例には当てはまらない。厳密には、
「インサートを入れて低圧にしたのでグリップが向上した」
のであって、空気圧の調整によってタイヤの設置面積が拡大した影響が大きいだろう。インナーセーバーは内部で収縮している(はずだ)。例えばCushCoreのように縮小せず、平らなインサートは構造上サイドウォールの強化も見込めるだろう。
とはいえ、実際に試さないことには何もわからない。
インナーセーバー有り無しを比較検証するため、SERAC CX TLRを装着したホイールセットは2セット用意し検証した。ホイールの詳細は以下の通り。減速スピードの差を減らすためディスクローターも同一品を使用している。
- ROVAL + iRC SERAC CX + インサートなし
- ROVAL + iRC SERAC CX + インサートあし
試した空気圧は以下の通り。ライダーの体重は57.5kg、バイク重量は7.6kg、装備品はおよそ2.0kgでの検証になる。
- 1.0 bar
- 1.1 bar
- 1.2 bar
- 1.3 bar
- 1.4 bar
- 1.5 bar
- 1.6 bar
結論としては、1.3barを境にインサートの使用可否が分かれる印象だ。1.0~1.3barまではインサートを入れたほうがいい。1.4~1.6barであればインサートは不要かもしれない。
1.0~1.3barの挙動
1.0~1.3barの低圧であればインナーセーバーを入れたタイヤは「つぶれにくく」感じた。そして、収縮しているはずのインナーセーバーの存在は明らかにわかる。
低圧においてインサートに求められるのは「ボトムアウトさせない」、「タイヤが腰砕けしない」という要件を十分に満たしてくれる。
対して1.0~1.3barでインサートを入れていないタイヤは沈み込みに寛容さがある。潰れやすく感じた。ボトムアウトでリムが当たる衝撃も鋭さがある。タイヤは完全に潰れ切って、衝撃が強ければパンクするだろう。
ただし、これらは縦方向に潰した話だ。タイヤが横方向に変形するコーナーリング中はどうだろうか。コーナーリング中は劇的な違いはないのもの、インサートが入っている場合は確かに横方向に粘るような感覚に変わる。滑りだすまでに猶予がある。
iRCのメーカー説明に「チューブラーに近づく」という文言があるが、確かに低圧運用でのコーナーリングはチューブラーに近い。
シクロクロッサー向きな言い方をすると、challenge系のチューブラーの動きに近い。Dugastのようなしなやかさには到達していない。ましてやFMBのようなボワンボワンとした感じとは似ても似つかない。
インナーセーバーは内部で収縮するタイプのインサートだが、横幅が比較的広く1.0~1.3barの低圧運用をした場合はそれほど収縮しないのかもしれない。空気圧を減らせば減らすほどインナーセーバーの存在を感じられるようになる。
1.4~1.6barの挙動
普段常用している空気圧ではどうだろうか。この空気圧のレンジは、ボトムアウトするかしないか微妙な空気圧になる。最もレースで使用している空気圧でもあり、おおむね適正範囲の値だ。
残念ながらこの領域の空気圧になると、インナーセーバーがあろうが無かろうが走行体験に違いを見つけるのは難しかった。要するに、どちらでも同じなのだ。意味を成すのはパンクした時と、階段の角等にタイヤをヒットさせてしまった時のリム保護ぐらいになる。
空気圧が高い場合は、コーナーリング中のヨレなどに顕著な違いが感じられない。むしろ、外周重量が増すことで直線での走りは明らかに重く感じられる。厳密に中を見なければわからないのだが、空気圧を高くするとインサートがさらに収縮している可能性が高い。
インサートに何を求めるかで答えは変わるのだが、単純に「速く走る」という事を優先する場合1.4~1.6barの空気圧の条件ではインサートは不要というのが結論だ。しかし、パンクリスクやピットまで乗車して帰ってくるという「保険」の意味合いで考えるとインサートは必須になる。
インサートは「速さ」と「保護」のトレードオフの天秤にかけて、タイヤに求める優先事項が何かを理解し見定める必要がある。
どれくらい下げればよいか
インサートを使いはじめると「どれくらい下げればよいか」という考え方になってしまうが、この考え方は危ういし止めた方がいい。インサートを使うから空気圧を下げるのではなくて、レースのコンディションに合わせた結果、空気圧を下げる結論に至るのが本来の空気圧調整だ。
インサートはその中の補助的な一部にしかすぎず、中心の存在になるべき機材ではない。コースのコンディションに合わせて、バイクが跳ねるのなら下げてインピーダンスロスを減らせばいいし、サンドセクションや滑りやすいセクションでグリップを稼ぐために空気圧を下げる。
その結果が、1.0~1.3barなら(私の場合)インサートから多大な恩恵を得られるだろう。むしろ、インサート無しは考えられない。逆に直線や登り返しが多く、木の根っこなども少ないスピードコースであればインサートの存在価値は薄れていく。
本来論として、インサートを入れたから空気圧を下げる必要はない。下げていった結果、低圧での運用が望ましいと判断したのならばインサートを使用すればいいだけだ。「インサートを使用するから低圧にする」は本末転倒である。
転がり抵抗は変わるか
インサートを入れるとどのモデルであれ、およそ2Wほど抵抗が増す。タイヤインサートはタイヤの空気容積を実質的に減らしている。この変化がタイヤのヒステリシスロスに影響を及ぼしている様だ。
空気圧によっても転がり抵抗の増加に違いが生じる。以下は、Cushcore CX、Vittoria Airlinnerでの抵抗試験結果だ。
- 1.2bar:27.7W(なし)、30.3W(Cush)、29.3W(Airlinner)
- 1.9bar:20.8W(なし)、21.3W(Cush)、21.4W(Airlinner)
- 2.5bar:17.9W(なし)、18.2W(Cush)、18.6W(Airlinner)
低圧であればおおむね2W弱の抵抗増加だが、ヒステリシスロス以外にもタイヤが跳ね上がるインピーダンスロスを考慮すると、2Wの抵抗増加には目をつぶってもよいかもしれない。
まとめ:低圧運用と保険のために
実際にCXレースで試したが、低圧運用をするなら必須だと思う。ちょっとした段差のカドにタイヤをぶつけても「ガツン」と硬い衝撃を受けなくなったため保険としても有効だと感じた。2025年の全日本選手権のサンドセクションはインサートが必須の機材になるだろう。
サンドセクションが多いマイアミ、ワイルドネイチャー、お台場はSERAC EDGEとの組み合わせがベストだと思う。
ただ、ボトムアウトを全くしないような状況や高圧で運用をする場合、転がり抵抗を極限まで抑えたい場合など、速さを追及する事を最優先する場合はインナーセーバーを使用することは合理的な判断とは言い難い。
最後に欠点も書き記しておく。タイヤを外すことは非常に難しい。人力では無理だった。ビードブレーカーや専用工具が必要になる。私は親指のツメがはがれて血が出たが外せなかった。そのため専用工具を使用している。
また、インナーセーバーはシーラントを吸わないがシーズンが終わったら取り出して保管する必要がある。どのインサートにも共通しているが、長い時間使わずに保管しているとシーラントがタイヤ下部に集中して固まる。
この際、インサートとくっついて固まってしまいホイールの回転バランスが大幅に狂うので注意が必要だ。これは運用しないと気づかないデメリットだろう。
総じて、iRCインナーセーバーはCXで使うのならばこれ一択だと思う。決して上級者向きの機材ではなく、むしろバイクの抜重や加重が上手くできず根っこなどに衝突してしまうライダーこそ保険で入れておいた方がよいかもしれない。
サンドセクションを低圧で走る、低圧でタイヤを絞るように走る、といった高等技術ばかりフォーカスされがちだが、どんな状況でも快適にシクロクロスを楽しむという保険として考えると、タイヤインサートの意味は非常に大きいと思う。
そして、使用するさいに「何を優先するのか」を自分自身の中ではっきりとさせておく必要がある。その条件に合致しさえすれば、インナーセーバーがあなたの走行体験を向上させてくれることは間違いない。
- iRC インナーセーバー
- 価格:6,050円
- サイズ:700 × 32-33C
- 重量:40g