後悔は先にも後にも立たない

「今日一日長かった」と言うことは良くある話だ。ただ、今年一年を振り返ると「あっという間で短かった」と思うことも多い。何かしらの物事の渦中にいる時は時間が過ぎるのを期待するが(例えば3分のインターバル最中、たった3分間の)時間が過ぎてしまえば、なんとも取り返したくなる気持ちさえある。

ただ、それら断片的で無数に存在しているかのように見える時間であるが残念ながら「過去」にも「未来」にも行くことはできない。思いを馳せる事は可能であるが、誰にも予想はできないし、操作することもできない。可能なのは今この瞬間をどう過ごすかであって、それ以上も、それ以下もない。

たいていの場合、この貴重な今という時間をありとあらゆる無駄なことに使う。振り返ってみれば無限かのように見える時間も過去のものとなった「今」の積み重ねにしか過ぎない。と考えれば、過去を振り返り「ああすればよかった」とか「もっとやっておけば」という後悔は結局今この時の行いが原因だということがわかる。

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後悔はいつ生まれるか

後悔先に立たず、という諺があるが先にも立たないし、もはや過ぎ去った過去の自分が思っているわけでもない。今の自分が思っているだけで、やはり今この瞬間しか物事を進められないのだ。まだまだ、今年は終わらないが、後悔の無いようにするならば今この時に全力を尽くすしかないのである。

「後でやろうと思っていた」とか「明日から本気だす」はやっていないことと同じだ。人間は物事を進める時に子供の頃は「大人になったら」というし、学生になったら「社会人になったら」そして、定年したら、、と言い死ぬ間際になってやり残したことを消化し始める。その頃には金は有るだろうが、やれることは少ないし体力もない。

先伸ばすことに定評のある人間は、これらの失敗をのちに続く後輩へ伝える。中には同じ轍を踏む者もいるだろうし、そうならない賢者もいる。ただ、いつそれら同じ過ちを繰り返さない為のスタートは年がいくつになっても遅くないはずだ。「俺はもう年だから」という終了の呪文を唱えてはならない。

60歳の人が言ったとしても、70歳の人から見れば「まだ10年もあるのに」と思うことだろう。何かを始める事に遅いなんてことはなく、今この時から取り組むことこそ、最も早い行動である。過去は変えられないので、今この瞬間から何かを生み出す為の行動をすべきだ。

今日一日は長そうだが、その中で行ったことの積み重ねの結果が非常に短い人生を形成して行く。