見てもらえる人がいてナンボ。

Facebookページが8000を超えた。

「たまたま運が良かったのかもしれない」いつもそう思っている。自分が思ったこと、考えたこと、面白いなと思ったことをまとめていたらblogを書き続けて8年が経とうとしていた。元々一つのことを続けるのが性に合っているせいか、苦だと思ったことはない。

仕事でも広く浅くよりも、狭く深くで飯を食ってきた。業界的に幅広い知識よりも一つに特化した尖ったスキルが必要になる。いろんなことを経験してわかったのは、続けること、すなわち継続することの重要さだ。新しく会社に入ってきた新卒の人に「会社は3年続けなくてもいいから、3年かけて一つのスキルを磨き続けてみたら」と言った。

3年という所は、この話の前に「石の上にも三年」という話があったわけで数字自体にはなんら意味はない。ここで続けることの大事さを気づいて欲しいなと思いつつ。今日は続けることについて考えてみよう。

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8000と1人

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冒頭の数字はなんだろうか。Facebookページにいいねしてくださっている方たちの数が8000を超えた。ただ、この数を数字としてみてはいけない。これらは数字ではなく、一人一人が人間だということだ。まとまった数が8000なだけであって、ディスプレイの向こう側には「ある1人」が居る。それをわすれてはならない。

8000だろうが、10だろうが、見ている人は1人なのだ。

幸運だったのは自分の業界がIT系だったりSNSだったりする部分で様々な資料や、伝搬する仕組み、文章の書き方を学べたことだ。その中でも、ソーシャルメディアや、ブログのあり方について議論をよく目にする。ブログを(素人が)書くときに注意したいのは、自分のことを書かないことだ。

もしもあなたが有名人ならば、夕食や、交友関係、使った化粧品などを書けば良い。ただし、先ほど申し上げた通り私のような素人の場合は違う。夕食や、昼飯なんてあげても誰も喜ばない。ホビーの延長で走っている私のような選手のトレーニング内容なんてのも価値がない。見てくれる人にとって欲しいもの、すなわち有益な情報だ。

自身の備忘録としてのブログなのか、第三者へ役に立つブログなのかで持つ意味が変わってくる。ただし、第三者へわかりやすい文章を構成しなくてはならない。そのためには、自身が勉強して理解しなくてはならない。私の場合は、自身の備忘録と、第三者へ伝える絶妙なバランスを意識している。

人に伝えられるということは、自分が理解しているということ。それを具現化する場所がたまたまこのブログだった、というだけだ。飽きずによく続いているなと感心してしまうが、日々会社へ行くサラリーマンとやっていることはなんら変わりない。

アクセス数やいいね数はあげようと思っても上がらない。それらの本質は日々行う一つづつの投稿が礎になっている。さて、明日はどんなことを書こうか。見てくださっている方たちがいる限り、この実益を兼ねた適当なブログは続いていく。

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染谷 昌利
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