先日、といっても一ヶ月ほど前だが、ある友人と夕飯を共にした。自転車には全く乗らない彼は物理屋として飯を食ってる。神戸に「京」という世界最速だったスーパーコンピュータがあるが、そんなたいそうなモノを使って様々な実験や論文を書いている。
昔大阪で走っていた山◯山も、京を使って様々な実験を繰り返し論文を出していた。一度勝手に検索して拝読したが、わたしには到底理解できない難解な論文だった。あの京というマシンを使うためには、研究成果、研究内容や、研究者のネームバリュー?から時間単位で「割り当て」が決まるらしい。
イメージとしてはJPTのレースのように「ジャージが強い」選手が楽に先頭に出れたりする様なものか。力のある選手(研究者)は周りの評価も高い。それゆえレース(実験)をうまく進めることができる。どこの世界も実力と経歴なのだろう。だからナショナルチャンピオンに価値がある。
そんな現役の物理屋に、どうしても自転車機材に関する疑問をぶつけてみたくなった。自転車乗る、乗らない以前に、全く運動をしない彼だが、脳ミソの運動は得意だ。サイクリストの筋張った脚のように、彼の脳みそにも無数のシワがあるはずだ。
まずは、簡単な質問から投げかけて見ることにした。
抵抗を減らす「順番」
お酒も入っているせいか、漠然と唐突に質問した。「自転車を速く進ませるにはどうしたらいいと思う?」と。あえてザックリとした質問をしたが、非常に困った質問だ。私自身、同じ質問をされたとしたら、なんと答えていいのかわからない。ただ、少し困った顔をしながらも、彼は本質を突く切り返しをしてくれた。
「その話は、動いている時、止まっている時どっちの話?」
センテンスとしては、多分漕いでいる時と、そうでない時を言っているのかと私は察した。止まっている自転車の話はしていないので、漕いでいる時とそうでない時という理解を勝手にする。案の定、続けて核心を突く言葉が返ってくる。
「止まっている(こがない)なら空気抵抗、転がり抵抗を減らす。動いて(こいで)いるならさらに摩擦抵抗を減らす。」と。
実に明確である。どうやら私は難しく考え過ぎていたのかもしれない。彼は自転車には乗らないから、発想や既成概念に囚われない考えをしてくれる。自転車という物体は動力となる脚を「動かす」場合と「動かさない」場合がある。これらの前提条件を大きく二つに分けると、自転車の抵抗に関する要素は変動する。
さらに、改めて気づかされたのは抵抗に関する本質的な要素だ。自転車の「抵抗」には大小様々な種類がある。「空気抵抗」「転がり抵抗」「摩擦抵抗」と上げたらキリがない。しかしなぜ我々はこれ程までに「抵抗」を減らしたがるのだろうか。
自転車(特に競技は)は単純な競技だ。ある決められた限られた区間において、平均スピードが早かった人が勝つ。勝負ともなれば、1mmでも先にゴールした方が勝ちだ。すなわちできるだけ「抵抗」が少ない方が好ましい。だからサイクリストは抵抗を減らそうと躍起になる。
常にサイクリストの関心事である抵抗の話についてだが、彼曰く減らし方には望ましい順序があるらしい。
会社経営と抵抗の関係性
抵抗を減らす順番の話を、会社経営に置き換えて説明をしてくれた。会社が利益を上げる為には様々な経費がかかる。人件費もそうだし、電気代だって経費だ。儲けからこれら経費を引いたのが利益になる。ただし経費には大小ある。
経費がかかるといえば、人件費だろう。人を雇うことは対価を支払わねばならない。人数が多ければそれだけ仕事も進むかもしれないが、人件費はかさむ。だから人件費がかからない海外に生産はシフトするし、中国製の製品が増える。人を雇うコストは製品を生み出す際に必ず考慮する必要がある。
製品を売って利益を出す際、人件費はどこの企業でも考慮するだろう。ところが事務で使う消耗品のボールペンや、付箋紙の経費はさほど意識(しているところも当然有るが)していない。もちろん、利益を上げるためには考慮せねばならない企業もあるが、莫大な人件費や原材料と比較するとその額の大小が異なる。
大きく減らせる所から順に、小さな箇所へと目を向けて行く。小さな箇所(付箋の一枚など)を一生懸命減らしても、大きな部分からすれば誤差の範囲で吸収される事になってしまう。
どうやら同じことが「抵抗」の世界においても言えるらしい。要するに抵抗を減らすことを考えた場合、それらには順番がある。もうすでに結論の部分は述べているが「抵抗が大きい順」で減らすのがセオリーらしい。当たり前のことに聞こえるが、改めて言われると基本的なことを忘れていることに気づかされる。
機材を改善をする場合、大きく減らしやすいところから潰して行く。あまり差が出にくく、軽微な機材投資は後回しということだ(後述するがサイクリストは費用対効果があまり望まれない機材に対し、莫大な投資をし過ぎる傾向にある)。
機材抵抗の大小
では、機材抵抗の大小を考えてみる。自転車を進ませる際に最も抵抗になるのは「空気抵抗」である。物体が進む際に押し戻そうとする抵抗は全体の60%以上にもなるという。次にタイヤの変形が及ぼす抵抗(ヒステリシスロス)がある。
彼の「抵抗を減らす順番」のセオリーに従えば、空気抵抗をまず減らすことが賢そうだ。フォームであったり、ウェア、ヘルメットと様々だ。基本的なエアロダイナミクスに優れたフォームを身につけることは投資額がほぼ無いばかりか、自分のスキルとして長く役立つ。
ヘルメットや、エアロワンピースも投資額は2〜3万だろう。ただ、その効果たるやエアロフレームのそれをしのぐデータが出ている。エアロフレームを使うよりも、エアロシューズカバーの方がエアロダイナミクスを改善するデーターもある。
次に大きな抵抗といえばタイヤである。ヒステリシスロスともいわれ、タイヤが変形することによりエネルギーロスすることになる。このタイヤの抵抗の大小は、チェーン等のフリクションロスといったドライブトレインの摩擦抵抗よりも小さいとされる。ただ、双方減らすべき(減らしたい)抵抗だ。
この辺の話は「転がり抵抗を比較 23Cと25Cのタイヤは違うのか? 」で記した通りである。
抵抗の種類と割合
- 機材抵抗:チェーン、ギア、プーリー、ハブの”抵抗”
- 路面抵抗:タイヤと地面の摩擦”抵抗”
- 空気抵抗:自転車とライダーが受ける空気”抵抗”
それぞれが重要な要素であり、抵抗の削減の積み重ねが結果として速さにつながる。では、速度が上がることよりこれらの抵抗(機材、路面、空気)はどのように変わるのか。調査したデーターを紹介すると、以下の様な割合傾向になる。
条件とテーマ:室内バンクにおける下ハンドルポジション時の抵抗の割合について
巡航15km/hの場合
- 機材抵抗:1W(4.5%)
- 路面抵抗:10W(45.5%)
- 空気抵抗:11W(50.0%)
- 総仕事量:22W(100.0%)
巡航30km/hの場合
- 機材抵抗:4W(3.5%)
- 路面抵抗:20W(17.7%)
- 空気抵抗:89W(78.8%)
- 総仕事量:113W(100.0%)
巡航70km/hの場合
- 機材抵抗:47W(3.8%)
- 路面抵抗:48W(3.9%)
- 空気抵抗:1125W(92.3%)
- 総仕事量:1220W(100.0%)
着目すべき点を、要素毎に確認していく。機材抵抗(主にギア、スプロケ、チェーン、ハブ)の抵抗は巡航速度が上がればロスも大きくなる(他の要素よりも抵抗が小さい点に着目したい)。抵抗が増加する例としては、チェーンの摩擦が増えるなどの要因が考えられる。
次に路面抵抗はどうか。路面抵抗も同様に速度が上がるにつれ、比例して抵抗が増している。タイヤが蹴りだす力が増せば、その分抵抗も増える。最近25cのタイヤが主流になった背景は、この路面抵抗の削減が考慮されている。
関連記事:「転がり抵抗を比較 23Cと25Cのタイヤは違うのか? 」
空気抵抗に関しては、速度の自乗に比例し一番大きな抵抗を生み出してる。
驚くことに、時速70km/hに到達した際の空気抵抗は1125Wにも達する。いかに自転車競技が空気抵抗との戦いなのかがわかる。先日投稿した記事でカルマン渦の影響や、2番めの人が先頭の手助けをしていることも、速度が上がれば上がるほど感じられる事と理解できる。
ここから特に速度が上がれば、全体の総仕事量にしめる空気抵抗の割合は増えていく。速度にもよるが、2番めの人は先頭の人よりも最大40%空気抵抗を削減できるのだ。
賢く抵抗を減らす順番
ここまでが一ヶ月前にTweetした内容の全体像だ。これらの話をまとめてあのTweetをしている。327リツイート、265のお気に入りを頂いたが本当に基本的な事である(が見落としがちなことでもある)。
この「抵抗の大小」を考慮した減らすべき抵抗の順序の話は書籍「サイクルサイエンス」内にも次のような一文が記されている。
前進を阻むのは?
性能の良いベアリングなら、潤滑油も足りて、手入れも良くされていればライダーのエネルギーはほとんど失われない。ベアリングの摩擦による減衰力はホイールあたり0.014N。タイヤの標準的な転がり抵抗1〜3Nと比べたら無視して良いほど微々たるものだ。
というサイクリストにありがちな「高い機材=速くなる」というバイアスは、どうやら絶対的な数値とデーターからなる物理法則において通用しなさそうである。データー程強いものはない。感情的(この機材は性能が良くあって欲しい)な見解や議論を巻き起こす問題については、データが納得させてくれる。
河出書房新社
売り上げランキング: 91,677
ここまで、抵抗の話をしてきたが次の順番で抵抗が大きい。まず簡単にまとめてみたい。
- エアロダイナミクス(フォーム、ワンピース、ヘルメット)
- フリクションロス(ドライブトレイン類)
- ヒステリシスロス(タイヤ変形、チューブの種類)
- その他ハブやベアリング類
上から順番に抵抗が大きいとされる要素を並べた。自転車という物体が進む際に様々な抵抗が発生する。抵抗の大きさを注意深く見て行くと、元々回転を追求したハブなどは抵抗が小さい。タイヤのヒステリシスロスは1〜3Nというが、ハブの世界に置き換えた場合、小数点が「右に」移動する意味は非常に大きい。
まさに桁違いという言葉の通りだ。0.01の世界と、1の世界ではもは同じレンジでは物事を考えられない。ホビーレース(C4位)とワールドツアーのレースを同じ土台で考えるようなものだ。もはや似て非なる物である。
まとめ: 残された議論
次回はある二つの議論について考えてみたい。
機材好きの間でもっぱらの話題は「LightweightかGOKISOか」という話がよくあげられる。私の答えを先に述べさせていただくと「タイヤのヒステリシスロスの影響が大きく、両方使ってもホイール自体の評価は人間では不可能」ということだ。
チューブラータイヤを付けたホイールとクリンチャーとでは雲泥の差がある。ホイールの感触を述べているのか、タイヤの感触を述べているのかテストの本質を見誤っている可能性すらあり得る。
パワーのように数値として標準化された指針がなければ、そもそも正しく比較などはできない。「ゴキソは走る」「ライトウェイトも走る」と言ってしまえばそれまでで、誰も否定するための材料を持ち合わせていない。この点については次回考察したい。
先の抵抗を減らすセオリーに沿えば、ハブの内部抵抗は無視しても良いレベルだ。
と、いうことを記載すると「荷重時のハブの抵抗」云々、、という議論になるのは目に見えている。ただ、加重して「目に見えて変形」するのはタイヤである。この辺の話の結末は、抵抗を減らす順序の通りだ。
物理屋に質問と議論を交わしながら得られたサイクリストに関する見解がある。
「この機材はこうであってほしい」
というバイアスが知らずに働いているのかもしれない。高いお金を出して買ったのだから性能も比例すると。しかし、単純に速く進ませる為の投資は金額に比例しない。本質を突き詰めると、基本的な事を突き詰めて行った方が自転車はよく進むのかもしれない。
我々が持つ一般通念は、たいてい間違っていると言える。物理屋さんは一歩引いた(むしろ関わりのない)観点から、ただ単純に抵抗を減らす順番を教えてくれた。ホイールをライトウェイトにしようが、ゴキソにしようが、それらの利点を無きモノにするほど大きな抵抗の要素を忘れてはならない。
私は今回の話の中で、全ての無駄な要素を突き詰めて行った最後の仕上げで、究極の回転体や、究極のハブの話があるように思えてならない。我々はどうしても簡単に、そして目に見えて違いが見えそうな部分(ホイールやハブ)に投資してしまう。
自転車をまったく知らないゼロベースで考える物理屋さんは、私に本来の自転車を進ませる要素を再確認させてくれた。何事も難しく考えすぎると次第にバイアスの罠にはまって行く。物事の視野が狭まり、ホイールやハブだけしか見えなくなる事もありうる。
ただここまで抵抗の話で一つ言えることは、高級なハブやホイールは非常に投資効果が望まれない費用対効果が低い機材だということだ。
地球上で最も効率が良い乗り物に関する議論は、まだまだ尽きることはなさそうだ。次回はレースデータと数値データを用いたゴキソクリンチャーとライトウェイトクリンチャーの比較をおこなってみたい。
スキージャーナル
売り上げランキング: 2,700