「抵抗とは税金である。」私はひとつの結論にたどり着いた。自転車にまつわる様々な資料や論文から得た結論だ。私が抵抗を税金に例えた理由はいくつかある。そもそも汗水たらして稼いだお金は、国を運営する為に税金として徴収される。自分が働いて「発生」させたお金には、常に税金がつきまとう。
その他にも、ありとあらゆる事に税金がかかる。買ったら払う「消費税」、住んだら払う「住民税」、働いたら払う「所得税」と、、、「税」と名の付く対象を数えだしたらキリがない。切り口を変えてみれば、ありとあらゆる仕組みに対して金を搾取する効率の良い方法とも言える。ではなぜ、私は自転車における抵抗を税金などと表現したのか。
我々が一生懸命練習する理由は、「自転車を速くすすめるため」である。遅くなろうなんて誰一人考えていない。例えば猛練習をして、出力を向上させたとする。発生したパワー(ワット)を100%推進力に変えることができたのなら、パーフェクトだ。しかし、ここで間違いなく抵抗(税金)が発生してしまう。
私たちは数値で見える出力(ワット)を向上させることに躍起になっているが、その出力をいかに効率よく推進力に変換できているかまでは、厳密に考えきれていない。たとえば300W出せたとして、実際に推進力に変わるまでには様々な抵抗の影響を受けているのだ。
自転車の場合は、空気抵抗、摩擦抵抗と様々な影響を受ける。走ることで発生する税金は「抵抗」なのである。ただし税金にも節税対策があるように、できるだけ無駄な抵抗を減らす事を目指したプロダクトが存在している。
たとえば、エアロダイナミクスの改善をねらうシューズカバーや、フリクションロスを減らすハブと、様々な削減要素(節税対策)が存在している。その中でも今回は駆動系に注目し、通常よりも抵抗を減らす事が見込める機材について注目してみたい。
それは、どこにでもあるようなチェーンなのだ。チェーンだからこそ当たり前すぎて、あまり気にも止めない機材かもしれない。ただ、僅かな投資額で「10W以上ものフリクションロス」を減らすことができるとしたら――。
今回は10W以上ものフリクションロスを減らす事を可能にした、特殊加工チェーンSACRA SLFチェーンをご紹介しよう。
抵抗を減らす意味
「抵抗を減らす」ということは、結果的に速く走れるという事実に直結している。しかし、私たちは少し勘違いをしているのかもしれない。速く走れるようになったからといって、必ずしも自分自身のパワーが向上しているわけではない。
抵抗を減らす意味は、「発生させた出力を無駄なく推進力に変える」という1点にある。自分自身が生み出したパワーをいかに効率よく、無駄なく使うことができているのか、抵抗を減らすという意味はそこにある。
自転車を進める上で覚えておきたい三大抵抗は、「空気抵抗」、「摩擦抵抗」、「転がり抵抗」である。摩擦抵抗(フリクションロス)と転がり抵抗(ヒステリシスロス)は特に当ブログで大きく取り上げる話題だ。
機材面で言えば、エアロダイナミクスを改善することは非常に効果が大きい。自転車が進む際に、およそ60%以上もの損失は空気抵抗によるものだ。続いて転がり抵抗、摩擦抵抗と消費されていく。これらは抵抗を減らす機材のカテゴリは以下のように分類できる。
- 空気抵抗:TTヘルメット、DHバー、スキンスーツ、シューズカバー、ディープリム
- 転がり抵抗:ラテックスチューブ、チューブレスタイヤ、ワイドタイヤ
- 摩擦抵抗:セラミックベアリング、ビッグプーリー、チェーンルブ、特殊加工チェーン
上記に記載したとおり、抵抗と言っても要素は多岐にわたるのだ。ただ、意外と抵抗が大きいにも関わらず当ブログ内でまとめきれていなかったのが、チェーンのフリクションロスである。昨今のツール・ド・おきなわや、乗鞍ヒルクライムで上位陣が、実際に(なにかしらの)抵抗を削減する特殊加工のチェーンを使用していたことが、一部のSNSで話題になった。
知っている人はひっそりと、ライバルたちに差をつけるために「特殊なチェーン」を使っているのである。
昨今の自転車機材は「良い」ものはすぐさま広がる。しかし、その広がり方は「雑誌で書いていたから」だとか「プロが使っているから」というような小手先のマーケティングではなく、「強豪アマチュアが結果を出したから」だとか「数値上優位」といった、より現実味のあるデータをユーザーは信用しはじめている。
私たちホビーサイクリストはプロではないが、アホではない。プロチームが機材を選択する理由も「金を積まれたから」だということも薄々感づいている。今回紹介するチェーンはプロチームも使っておらず、国内の雑誌やメディアにもあまり載っていない「一見魅力的に見えない」機材であるが、だからこそ我々のような縛りのないアマチュアにとって使うべき機材なのである。
SACRA SLFチェーン
そのSACRA SLF(Super Low Friction)チェーン(以下SLFチェーン)とはどのようなチェーンなのだろうか。このSACRA SLFチェーンの特徴を端的に述べると市販品のチェーンに特殊なコーティングを施した製品だ。
どのようなコーティングが施されているかというと、固体潤滑剤をチェーン全体にコーティングしている。この個体潤滑剤は超低摩擦かつ、オイル濡れ性・撥水性が非常に高い。そして表面には目視でも確認できるほど、PTFEパウダーが付着している。
PTFEは自転車乗りには馴染み深い素材だ。PTFEとはフッ素樹のことで、PTFEの正式名称は、「ポリテトラフルオロエチレン (PolyTetraFluoroethylene, PTFE)」と呼ばれる。フッ素原子と炭素原子からなるフッ素樹脂は、テフロン (Teflon) と呼んだほうがより馴染み深いだろうか。特徴的なのは耐熱性、撥水性にとても優れている。
このPTFEは「テフロン加工したフライパン」のように水を弾いたり、摩擦抵抗が低いという特徴がある。これらのコーティングが施されているなら、確かに抵抗減をもたらしてくれそうだ。しかし実際にどれほど抵抗値が低くなるのか、数値として結果を示さなくては誰も説得することはできない。
では実際にSACRA SLFチェーンは、どれほど抵抗の改善が期待できるのだろうか。実際に測定された数値データーを確認していくことにした。
数字でわかる抵抗の低さ
SACRA SLFチェーンはメーカーの実験上、通常走行において約2~5Watt抵抗を削減するデーターが得られている。通常走行というのは、ある程度の巡航走行を想定しているのだろう。さらにSACRA SLFチェーンが効果を発揮するのは、高負荷時だ。その効果はスプリント時におよそ10~16Wattもの抵抗減をもたらすという。
この出力の削減効果がピンとこない人も多いと思う。そこで我々の大好物である「重量」で換算すると、10~16Wの抵抗減は、およそ0.72kg軽量化した事とイコールになる。今お使いのチェーンから特殊コーティングを施したSACRA SLFチェーンに替えるだけで、お手軽に0.72kg(相当)軽くなるのだ。すこしばかり信じられない内容であるが、理論上の事実である。
また10Wattの抵抗減をタイヤのヒステリシスロス(転がり抵抗)に換算してみよう。例えば30km/h走行時にタイヤ1本あたりにおけるヒステリシスロス(転がり抵抗)は10W~15W(※参考:TURBO COTTON 8.3bar:11.1Watts)ほどである。ということは単純に考えても、タイヤ1本分が消費する転がり抵抗に相当しているのだ。
ヒステリシスロスに関する話は、当ブログの記事「転がり抵抗を比較 23Cと25Cのタイヤは違うのか?」を参照されたい。
タイヤの転がり抵抗、ハブの内部抵抗、様々な抵抗が存在しているがタイヤで消費される抵抗分まるごと打ち消してくれる効果があれば、シリアスなサイクリストは放おっておけない事実だろう。しかし、これらは数値的に示された紛れもない事実なのである。
私は今までフリクションロスについてほとんど気にも止めなかった。しかし考えていくうちに、その多くの無駄に気付かされた。今だに信じられないが、普段あまり気にも止めない「フリクションロス」に対する改善は、わずか数千円投資することでとんでもない効果を生みだす。一つの機材として費用対効果を考えてみれば、見逃すことの出来ない事実である。
SLFチェーンの極限のこだわり
SACRA SLFチェーンの目玉は特殊なコーティングだけにとどまらない。SACRA SLFチェーンは「取り付け方」まで指定する念の入れようだ。指示通りに取り付ければ1Wさらに抵抗が削減できる。このやり方は一つの「コツ」みたいなものだ(しかし知らない人が多い)。1Wの積み重ねがタイム短縮につながる重みを知っていれば、その重要性から目をそらせなくなる。
SACRA SLFチェーンの取り付け方は、実際にSACRA SLFチェーン以外のチェーンでも流用できる。ただ、この内容を記載してしまうと価値が薄れてしまう為、本記事内では記載しない。この取り付け方は1Wほど削減できるようだが、どうやら従来メーカーが推奨してきたチェーンの取り付け方は、決してベストなセッティングではないようだ。
SACRA SLFチェーンを購入して、情報料としてベストなチェーンセッティング方法のノウハウがわかるとあれば、これだけでも値段なりの価値があると言える。
SLFチェーンの真価はレースで
SACRA SLFチェーンの特徴といえば高負荷帯における抵抗減がとくに見込まれる。そう考えると通常のロングライドや、トレーニングではそれほど効果を感じにくいかもしれない。私が推測するに特に有効なのはヒルクライム、スプリント、トラック競技であると考えている。
SACRA SLFチェーンの特徴を考えると「高負荷でタイムを競う競技」に向いている。その中でもヒルクライムのレースにおいて1秒を削るために、病的な追い込み方をする。ヒルクライマーたちは自分自身の体重とあわせ、機材までも限界まで軽くするなど、そのこだわりっぷりはまさに「病的」だ。
ただ、わたしはそれらの病的さは嫌いではない。その病的なこだわりに、SACRA SLFチェーンがもたらしてくれるメリットはなんだろうか。ヒルクライムのように長時間高い負荷をかけ続ける場合、1秒1秒の積み重ねでタイムが決定される。「去年よりも30秒縮めたい」という病的な(もとい秒的な)目標があるとすれば、その1秒の短縮は「抵抗減」によって成し遂げられるだろう。
たとえば乗鞍ヒルクライム頭打ちの人や、どうしても1秒でもタイムを縮めたい人はSACRA SLFチェーンをもちろん試す価値はある。ただやっかいなのは皆が皆使ってしまった場合、機材がコモディティ化してしまい優位性が下がってしまう。それなら人よりも早くから使っていたほうがいい。
一方では、対人を想定しない自分自身の目標達成を考えた場合は、ここぞという決戦用として使用しても良い。特にタイムトライアルやヒルクライム、セントラなんてのは自分自身との戦いなのだからその恩恵を十分に得られるだろう。
次に、高負荷が得にかかるスプリントを考えてみよう。こちらも効果があるシチュエーションの一つだ。SACRA SLFチェーンの特徴として高い負荷になればなるほど、その恩恵が得られる。レースの最終局面、スプリント勝負になったときはほんの1mmでも先着したほうが勝ちだ。
実際に1mmの差で勝負が別れてしまうシビアな世界といえば、トラック競技である。ほとんど見ている側はどちらが先着し判別できない(もしかしたら選手も!)。私は最もSACRA SLFチェーンの恩恵を得られると予想できる競技はトラック競技であると考えている。
トラック選手達は1000mを「1分10秒」で走るのか「1分9秒」で走るのかという「ざっくりとした時間」の中に生きていない。彼らが戦っているのは千分の一秒の世界である。1分10秒384だとか、1分10秒010だとかその粒度の世界で走っている。
ヒルクライマーはシリアスな面はたしかにあるものの、トラック競技者は更に細かく、さらに粒度の細かい世界で物事を捉えている。たとえばどうしても1000mで1分10秒が切れないという人が居たとしたら、機材面をほんの少し変えてみてもよいだろう。
嬉しいことにトラック競技者にとっては馴染み深いイズミのSACRA SLFチェーンがラインナップされている。スタートも改良した、フォームも改良した、体の使い方も改良した、、、、それでもどうも限界を超えられない――。トラック競技という非常に短時間で高い負荷であればあるほど、この「機材面の抵抗」は無視できない。
最後のほんの数秒を僅かな資金投資でクリアできるとしたら、「金で解決」という方法もまっとうな解決策になる。カネで解決と言うと聞こえが悪いが、元々はあなたが生み出した力にほかならないのだから。トラック競技者は、一つの解決策としてチェーンというとても身近すぎて気にも止めなかった機材について再注目してみてもよい。
ここまで高負荷の競技について述べてきたが、メジャーなロードレースの場合はどうだろうか。ロードレースにおいて、このSACRA SLFチェーンは総合的なメリットがある。局所局所で高負荷はかかるももの全体的にみれば、最後のスプリント以外はマッタリする場合が多い。
ロードレースにおけるSACRA SLFチェーンのメリットは三つある。「脚をためられる」ことと「単独で一人逃げる」、そして先程述べたように最終局面のスプリントだ。抵抗値が低いということは、他の「抵抗値が大きいチェーン」を使っている人よりもエネルギー消費が小さくなる。
その分、無駄な力を使わなくてもよいのだから、脚を温存できることは明白だ。脚が残っていれば、最終局面にも残りやすく、スプリントにも加われる。そして、トップスピードに乗った時に生み出した力をより多く推進力に変えられたのだから、その先の結果は抵抗対策をしていなかった頃の自分とは全く違う結果を得ることができているだろう。
SLFチェーンの疑問
SACRA SLFチェーンの効果は理解できたのだが、実際に気になる点は多々ある。チェーンという部品なのだから当然摩耗もするし、オイル切れだってする。そしてチェーンは汚れやすいから、見た目も綺麗に掃除もしたい。その悩みはどのような方法で解決すればよいのだろうか。
メーカーが公式に公開されている情報を探すと以下のように書かれている。
どうやらSACRA SLFチェーンで重要なのは表面のPTFEの粉ではなく、内部に施されたコーティングであるという。コーティングが剥がれてしまえば、もちろん本来の性能低下は免れない。
もう一つの悩みは使用するオイルである。どんなチェーンもいつかはオイル切れが発生する。そもそもSACRA SLFチェーンに散布するオイルは何を使えば良いのだろうか。SACRA SLFチェーンには同梱されるSACRA SLFチェーン専用のオイルがある。
このオイルはチェーンのベースコートとの相性を考慮したオイルで、某プロチームが使うオイルとほぼ同じ成分とのことだ。なおこのチェーンオイルをさらに改良したものがBlack Oilという製品名で販売されている。
SLFチェーンのラインナップ
気になるSACRA SLFチェーンのラインナップを確認していこう。SACRA SLFチェーンは「ロード用」、「ピスト用」と2パターン展開している。その中でグレードが分かれている。なお、全ての製品にチェーンオイルと抵抗を減らす取り付け方の解説がついているのが嬉しい。
ロード用ラインナップと価格は以下の通り。
- シマノ11S(Dura-ace) 8173円
- シマノ11S (105) 6576円
- シマノ10S(ULTEGRA) 6612円
- カンパ11S(Record) 9980円
- SRAM11S 10980円
MTB用ラインナップと価格は以下の通り。
- MTB用 シマノ11S(XTR) 8173円
ピスト用ラインナップと価格は以下の通り。
- イズミ V 7923円
- HKK ベルテックス ブラック 5323円
なお、嬉しい情報をもう一つ追記しておきたい。現在お持ちのチェーンも施工してくれるサービスがある。チェーンコーティングサービスは4000円(税込み)で受けられる(それなら買ったほうがいいかな)。なおコーティングサービスはSACRA-Cyclingにメール連絡後、チェーンを送付する形態を取っている(やっぱり買ったほうがいいな)。
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まとめ:費用対効果が特に高い機材
サイクリストが機材に対して求める事は、「さらに早く走れる」ということ、そして機材投資に対してどれほど有効なリターンがあるかということだ。昨今の抵抗対策をうたう機材といえば、ビックプーリーだったりセラミックベアリングだったりと値段の割には「費用対効果が非常に悪い機材」だった。
しかし、SACRA SLFチェーンは僅かな投資額で、手軽に抵抗を減らせる費用対効果が高い機材と言える。確かに内部のコーティングの耐久性や、何キロ性能が持つのかというデーターは得られていないが、一発決戦用でないことは確かだ。
ここで私の使い方を紹介しておくと、普段の練習には普通のチェーンを用い、ここぞという勝負時にSACRA SLFチェーンを使用する(結果このような使い方が多いだろう)。そう書いてしまうと、きたるレースシーズンが目前に迫った今、少しずつ準備を進めていっても良いかもしれない。使いたい思った時に備えられていない事が一番モヤモヤする。
狙った大舞台、そして勝負をかけたレースで鼻先一つで負けてしまったら、こんな不幸なことはない。
私達のような時間のないサイクリストが一生懸命練習して向上させた力を、なんてことのない摩擦抵抗で消費されるなんてもったいない話だ。まるで気づかぬうちに搾取される税金のように、自転車における摩擦抵抗も知らぬうちに、推進力を奪い続けている。
抵抗とは知らぬうちに失っていく税金のようなものだ。ただ、わたしたちは抵抗を減らす為に、対抗策を持ち合わせている。常に使う必要な機材だからこそ、その特性と傾向を知り自転車機材においても税金対策ならぬ、抵抗対策が求められている。
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トラック用にはおなじみのIZUMI Vゴールドチェーン。これは決戦用にほしい。
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