新型AEROADの目玉、AERO PACEバーを3ヶ月使い続けた。平坦、登り、下りと様々なシチュエーションで使い込んでいくことで、初めはわからなかったメリットとデメリットがはっきりと見えてきた。新型AEROAD発売当時の興奮はおさまり、この極狭ハンドルと冷静に向き合えている。
350mmの幅が狭いハンドルは、ライダーの前方投影面積が減少し14Wもの空力が向上するという。この耳障りの良い結果だけをみると、エアロダイナミクスを好物とするロードバイク愛好家の誰もが食いつくだろう。発売当時は私もそのうちの一人だった。
しかし、実際にAERO PACEバーを使ってみると、様々な条件とのトレードオフになることが徐々にわかってきた。今回は、CANYON AEROADに搭載されたAERO PACEバーについて、良いことも悪いことも包み隠さずまとめた。
空力は改善するが・・・
AERO PACEバーの最大のメリットは、ライダー自身の空力性能が向上することにある。
自転車が進む際、空気抵抗の8割以上はライダーの存在によるものだ。自転車機材よりも、エアロポジションやハンドルバー位置の改良が盛んなのはそのためだ。はっきりとしているのは、AERO PACE BARを取り付けると、巡行速度の維持が明らかに楽になる。速度も上げやすくなる。
ドロップに向かって広がっているフレアバーは、レバーが内側に入ることで腕と腕の間に顔が収まるようなポジションに変化する。DHバーを付けた時と同じように、ライダーの前方投影面積が小さくなるのは明らかだ。
ブラケットを持っている間は、AERO PACEバーの空力性能が優れていると確実に言える。だが、ドロップ位置を持った場合はそうとは言い切れなくなる。
ドロップポジションは空力が悪い
AERO PACEバーはフレアハンドルであるため、ブラケット部分が狭くドロップ部分が広い。ブラケットを握って走行することに重きがおかれた設計だ。問題はドロップを握った場合だ。AERO PACEバーのドロップ位置は思った以上に使いづらい。
辛辣なことを言えば、先ほど記したブラケット部分のメリットを無き者にしてしまう。それほど使い勝手が良くなかった。例を上げる。
- ドロップ量が浅いためスプリントがしにくい
- ドロップ量が浅いため身体が起き上がる
- ドロップ量が浅いためエアロポジションが取りにくい
- リーチが長いため力が入れにくい
- フレアしているため肘が出て前方投影面積が増す
AERO PACEバーで一番問題だったのは、スプリントをするときにドロップバーが握りにくかったことだ。ドロップが浅いため、下ハンドルを持っても上半身が起き上がってしまう。これまでのイメージで上半身を低くしても、ハンドルを胸に引きつける動作がやりにくかった。
ドロップバーを持つと上半身が起き上がってしまう状況は、ロードレース特有の頭が低い姿勢で走るポジションが取りにくくなる。
AERO PACEバーを取り付けた場合は、ブラケット部分だけを持つ割り切ったライディングポジションのほうが良いかもしれない。最終局面でゴールスプリントが想定されない場合は、AERO PACEバーでも良いと思う。
しかし、ひとりで何でもこなす一般ライダーの場合は話が変わってくる。AERO PACEバーの割り切った使い勝手は、様々なポジションで過ごすロードレースを走るには、汎用性の乏しさに苦労する。
一方で、ブラケットを握った時の空力性能は素晴らしい。しかし、ドロップバーを握った際のスプリントのしにくさ、エアロポジションの取りにくさ、上半身が高くなることなど別のデメリットが大きい。
そして、ダンシングもクセがある。
ダンシングがしにくい
AERO PACEバーはダンシングがしにくい。ハンドルバーが狭くなることで、バイクを左右に振りにくくなる。ブラケット位置がフォークコラム中央に近づくため、ブラケットを下に押し込んでもバイクが傾く量が少ない。
バイクが傾く量が少ないだけでなく、傾くスピードも鋭く速くなる。ダンシングでバイクが左右に揺れるスピードがせわしなく、狭い範囲をチョコチョコと動かすようなダンシングのリズムになる。
バイクが別物に変わったかのように、左右に動く量が減る。左右に振るスペースが狭くなった結果、ダンシング中のリズム変化や幅の強弱がつけにくくなる。ダンシングの振り幅を調整しながら私は休むのだが、これが使えなくなった。手数が減ったような感覚だ。
ダンシングを頻繁に多用するライダーは、AERO PACEバーを使うよりもクラシックバーを使ったほうが操作がしやすい。結局慣れ親しんだクラシックバーに戻したのだが、すこぶる調子がいい。
下りが怖い
AERO PACEバーでブラケットを持って下るのはやめたほうがいい。かなりの高難易度だ。ホームコースの慣れた下りであっても確実に遅い。単純に怖さを感じるからだ。そのデメリットを開発者も知っているのか、AERO PACEバーはドロップ部分を広くしている。
下るときはブラケットではなくドロップ部分を持つことがマストだ。
ドロップ部分を持てば、下りはそれほど怖くはない。通常のハンドルバーよりもドロップ部分の幅が広く設計されているため安定もする。それでも、ブラケット部分を持って下ることはお勧めしない。TTバイクで下るような独特の怖さがある。
AERO PACEバーのブラケット部分を持って下れるのは、ごく一部のテクニックを持ったライダーしかいないだろう。こんな思いをするくらいなら、大人しくクラシックバーを使って安全に下ったほうがいい。ブラケットポジションでも何ら怖さを感じないからだ。
ハンドル幅が狭いということは、下りに多大な影響を与える。
背中が痛くなる
これは個人差がある問題だ。AERO PACEバー最大のデメリットは、肩甲骨の間に痛みがでたことだ。ライダーによっては幅の狭いハンドルと、内側に入り込んだブラケットを使用する事によって身体に支障をきたしてしまう場合がある。私がそうだった。
特に痛みが顕著だったのが登りだ。
六甲山を45分ほどかけて登っている間、7割をシッティング、3割をダンシングで走っている。シッティングでブラケットを持つ機会が多いのだが、ハンドルの幅が狭いため胸部分が窮屈になり、呼吸のし難さを感じた。
息を吸おうとダンシングをしようにも、ブラケットが内側に入っていることによってハンドル幅よりもさらに狭い位置に手が来る。そのうち、私の場合は肩甲骨の間に痛みが出始め「これはもう、元に戻したほうがいいな」と思った。
結局、AERO PACEバーから、前作で使い慣れたクラシックバーに戻すことに決めた。
改めて気づいたクラシックバーの良さ
クラシックバーは良い。ブラケット位置で+14Wの空力が悪化するハンドルにしてもだ。長時間ロードバイクの上で過ごす場合は、クラシックバーのほうが間違いなく良い。レース中のあらゆる条件に対応し、かつバイクの上で快適に過ごすとしたら断然クラシックバーだ。
クラシックバーはあらゆる動作が80点でできる。ダンシング、スプリント、エアロポジション、クライミング、ダウンヒル、レストとあらゆるバリエーションに対して80点で対応できる。AERO PACEバーはブラケット位置でエアロポジションは100点かもしれないが、それ以外の点数に言及することは避けたい。
使い慣れたクラシックバーは痛みもなく、呼吸もしやすく、ダンシングのリズムも取りやすい。ロードレースは様々なシチュエーションで、様々な体の使い方をする必要がある。何でも80点でこなせるクラシックバーは、私の使い方にマッチしていた。
結局、クラシックバーに戻しても峠のタイムは落ちなかった。むしろ、様々なポジションに変えながら、ダンシングのバリエーションも増えてコンスタントにタイムが出るようになった。14Wの改善を引き出すための条件はとても狭いと思う。アマチュアは気にしなくてもいい。
それが結論だ。
まとめ:トレードオフを考えて
「14Wの空力改善」は確かに魅力的で武器になる。
だれの目にも好ましく映り、使ってみたいと思うハンドルだと思う。そう思って、私も夢を描きながら購入した。しかし、それと引き換えに失う物のほうが(私の場合は)多すぎた。
14Wと引き換えに、スプリント、ダンシング、クライミング、ダウンヒル、ポジションなどのライディング能力が低下する。これは避けなければならない事実だった。そして、普段はほとんど感じない背中の痛みが出たことは大きかった。
個人差があるにせよ、私にはAERO PACEバーが合わなかった。
私の中で問題だったのは、14Wを肯定するために鳴り物入りで登場したAERO PACEバーの良いと思う点を上げて自分を納得させようとしていたことだ。いわゆる確証バイアスだ。自分がすでに持っている先入観や仮説を肯定するため、自分にとって都合のよい情報ばかりを集めてしまっていた。
クラシックバーに替えてからはどうだろうか。クラシックバーは前作でも愛用し続けていたため、体にフィットしている。尖った性能は無いが、確実に使いやすい。何をやらせても80点以上をキープしてくれる。汎用的であり、満足のいくハンドルだ。
クラシックバーに戻してから気づいたことがもう一つある。レバーを手前に引きやすくなった。薬指と中指でレバーをはさみながらブラケットを握り、後ろに引っ張りながらペダリングをすると力が入る。これを好んでいたがAERO PACEバーではできなかった。
AERO PACEバーはリーチが長すぎて力が込めにくかった。AERO PACEバーのデメリットばかり並んでしまったが、クラシックバーの良さを改めてしる良い機会にもなった。
最後に重要なことを書いておく。今回のレビューにおいて、AERO PACEバーは「私という人間」に合わなかっただけだ。もしかしたら、逆にクラシックバーが合わずAERO PACEバーのほうが合う人もいるだろう。ここまで書いた内容は、一つの例にしか過ぎない。
逆に、クラシックバーが合わずにAERO PACEバーで新しい世界が見えた方も居るかもしれない。要するに、自分の身体で試さなければ何も体感できず、何も伝えられないのだ。だから、今回の記事を読んだ読者の方は、自分のことに置き換えて理解してはならない。
あなたと私は、違うからだ。
今はクラシックバーを用いてライドを楽しんでいる。懸念していた峠のタイムも落ちていない。平坦のスピードはわからないが、ブラケット位置を持った場合のCdAは増加していることは間違いないだろう。
それでも、バイクの上で長い時間を過ごし、半ば生活しているような状況においてはクラシックバーのほうが”私は”合っていた。その違いを知っただけでも大きな収穫と言えよう。
もうAERO PACEバーは売ってしまった。戻ることは決して無い。何度も言うが、決して悪いハンドルではない。あなた自身で試さねば、善し悪しもわからぬままだ。
AERO PACEバーには長所と短所がある。何を優先し、何に目をつぶるのか。その答えはライダーひとりひとりの中に答えがある。