遂にエアロダイナミクスに優れたフレームの頂上決戦に、終止符が打たれる時が来た。風洞実験を行ったのはドイツのTourMagazineである。科学的な実験と裏付けで、バイクの性能を数値化し優劣を付ける事で知られる人気雑誌だ。その雑誌で「話題のフレーム」の空力性能テストが行われた。
「Venge ViAS」と「新型Madone9」の比較である。
双方のマシンは空力性能を極限まで高めたバイクとして知られている。そして日本でもセンセーショナルな「話題」とともに自転車界隈を賑わせた。自転車メーカーがお気に入りの売り文句「他社より何ワット削減」や「40kmTTでX秒短縮できる」といったたぐいの話である。
しかし、当然ながら各社「自社メーカーに有利な情報」を公開することに長けているし、もちろん各社有利なデーターをアピールしたい。もちろん嘘や改ざんデーターは載せていないだろうが実験の条件や機材、測定方法、それらを取り巻く測定方法は各社自由である。
ただその「各社独自テスト」が我々サイクリストを悩ませる。
しかしTour Magazineは違う。第三者機関として、そして同一条件環境下の元、ドイツの風洞実験室「GST wind tunnel」に15台もの最新エアロフレームを用意し、ついに空力性能比較実験を行ったのだ。その結果は、私が想像していたものとは全く別のものだった。
実際は15台のエアロフレームがテストされている。今回は日本でも特に人気のあるVenge ViASとMADONE9.9にフォーカスしていく。
実験環境と機材
風洞実験室の環境を説明したい。風洞実験室は風向き(yaw angles)は-20度 〜 +20度と自在に変えられる設備を用いている。実際に我々が走行している間、様々な角度から風が当たる。その際にフレームの形状により、あおられたり、はたまた空気をうまく逃したりと製品によって「フレーム特性」がある。
実験は走行距離100kmで獲得標高1000m(風はあらゆる方向から自在に)を想定して行われた。この実験で特に面白い条件(むしろ歓迎すべき!)で行われている。「売られている完成車のサラ状態」の空力特性と「ホイールをZIPP404に全車統一した場合」2種類の実験を行い、タイム差を算出している。
この方法を用いることにより「ZIPP404 Firestrikeに統一」した場合は純粋に「フレームの空力特性」がわかるだろうし、「売られている完成車の状態」であればメーカーのチューン後(ホイールとのトータルパッケージ)の最適状態でテストが出来る。
「売られている完成車の状態」とは例えばSPECIALIZEDであれば、Venge ViASでホイールはRovalの60mmハイトが付けれらている事を想像して欲しいし、もちろんMadoneならばボントレガーのホイールだ。もちろんCANYONのように元々ZIPP 404が付いている場合は実験方法上、測定結果に差は出ない。
なお実験に使用されたZIPP404には23mmのGP4000S2が搭載されている。
実験は大きなドラムの上に実際にバイクが走る。従って、タイヤの性能やホイールのスポークが空気を撹拌する事など様々な条件が再現される。
ようするに「メーカーが言い訳できないリアルな条件をすべて網羅しますよ」というTour Magazineの気合の入れようである。これはある種Tour Magazineの雑誌としての力強さと我々消費者側に立った最高の実験である。なお実験環境を箇条書すると以下のとおりだ。
- 風洞実験室:GST wind tunnel(deutz)
- 距離:100km
- 獲得標高:1000m
- ライダーの体重:75kg
- 平均出力:200W
この条件下におけるVenge ViASとMadone9の条件を次で紹介する。
バイクスペック
テストされた完成車の状態を列挙しよう。売られている完成車の状態である。この状態は我々一般的なサイクリストが買える状態だ。ただし昨今のロードバイクは自動車とそれほど変わらない値段で売られている(しかし多くのサイクリストは驚かない!)。
まずは実測値を列挙していこう。
S-Works Venge ViAS Di2
S-Works Venge ViAS Di2(完成車)の気になる重量など実データーは以下のとおり。
- フレームサイズ:56
- 完成車実測重量:7,736g(7.7kg)
- コンポ:ViAS, Shimano Dura-Ace Di2
- ホイール:Roval CLX 64/S-WORKS (F:1112g/R:1470g)
- タイヤ:グリプトン24C
やはり重いと言われていたVengeViASであるが7,736g(7.7kg)とやや重く感じられる。しかし、最新のエアロダイナミクスを考慮したホイールや、トニマルティンが使用していたグリプトン24C等、エアロダイナミクスで現れない、低フリクションを実現した機材に目が行く。
TREK MADONE9.9
TREK MADONE9.9(完成車)の気になる重量など実データーは以下のとおり。
- フレームサイズ:56
- 完成車実測重量:6,870g(6.8kg)
- コンポ:Shimano Dura-Ace Di2
- ホイール:BONTRAGER Aeolus 5 TLR (F:969g/R:1432g)
- タイヤ:BONTRAGER R4 23C
UCIの車重規定6.8kgにあとわずか70g迫るTREK MADONE9.9だ。私は一つ誤解していた。「MADONEは相当重いから実重量公開していないんだな!」と。今全力で撤回しよう。MADONE9,9は完成車の状態で「規定ギリギリで危ない」バイクだ。決してライトウェイトなど使わないように!
実験結果
ついに「最強のエアロダイナミクスロードバイク」の結果が判明する時が来た。もちろんフレームの空力特性、タイヤの性能、そしてスポークが空気を撹拌する細かな点までと・・・。我々「身銭を切って機材を買うサイクリスト」が知りたいのは「事実」だ。
決してメーカーのウリ文句や、売るためのセールストークなど聞きたくもない。
車を買うときに燃費を誤魔かされたら憤慨するだろう。だから「自動車(CAR)」メーカーは構成な指針の元きちんと「燃費表記」をしている。しかし「自転車(BICYCLE)」の場合は統一された指針が無いので情報がバラバラだ。その点に我々消費者はヤキモキする(ソレが楽しいかもしれないが)。
早速、その実験結果を見ていこう。まずは完成車の状態で測定された結果だ。
- Venge ViAS: 3時間22分25秒
- Madone9.9: 3時間21分43秒
結果、新型TREK Madone9.9の方が42秒早く走れる実験結果となった。なお伝統的な丸チューブのフレームの場合3時間25分16秒であった。
次は双方のホイールを「ZIPP404 Firestrike & 23mm GP4000S2」に統一した場合である。
- Venge ViAS(zipp 404): 3時間22分27秒(+2秒)
- Madone9.9(zip 404): 3時間21分37秒(-6秒)
なんとVengeViASはZIPP404を使うことにより遅くなった。純正のROVALのホイールとグリプトン24Cの組み合わせより「2秒遅い」結果になった。これは純正品を使うことが最速でいつづける条件といえる。ホイールを変えることによりMadoneは6秒早くなった。アイオロスよりもZIPP404を使うほうが良さそうだ。
しかし6秒を+30万円で買うサイクリストはなかなかいない(はずだ)。なおこの他にも15台のエアロフレームがテストされている。その中に1W差の205Wでエアロダイナミクスに優れていたのは「FELT AR FRD」(46万円)だ。これは全日本TTを制した中村龍太郎選手の使用しているロードバイクである。まさに鬼に金棒だ。
まとめ:どちらも買える値段ちゃうし
消費者目線で書かせてもらう。確かに空力特性や機材としての魅力は溢れている。しかしだ「どちらも買えない価格設定」だなと。
今回の気になる比較結果をまとめながらふと我に返った。「えーと、この完成車いくらだっけ?」ということだ。Venge ViASは「希望小売価格: ¥ 1,340,000(税込み)」でTREK MADONE9,9は「希望小売価格:1,450,000円(税込み)」である。ひゃくよんじゅうごまんえんである。「希望小売」と言われて「希望なんて聞いてられないわ!」と思うのは私だけだろうか。
そしてどうでもいいが、ホンダのフィットの新車価格は「希望小売価格:1,299,800円(税込み)」である。なんとフィットが一番安いではないか。恐ろしい時代になったものである。ちなみにフィットはリッター36.4km/L(JC08モード燃費・HYBRID FF)である
もしかしたら人によっては500mlペットボトルで100km以上走れるかもしれないが。
少し脱線してしまったので話を戻す。エアロダイナミクスも重要であるが、最後はエンジン(人間)とお財布が鍵を握っている。たしかにどちらかを買う事で悩んでいる人は僅かな差でTREKを選ぶのも吉かもしれない。そして、VENGEにはパワーメーターが標準装備だからこちらのほうがお得かもしれない。
さらに今回興味深いのはVenge ViASとTREK MADONEの「空力特性(Aerodynamic drag, watts)」はイーブンの204Wで「有意差なし」だったということだ。ようするに獲得標高1000mが関連しウェイトレシオが加味されている。結果、ダダ平坦なら双方にエアロダイナミクスの有意差は無い。
UCI重量規定6.8kg近くで攻めるならTREK MADONE9に軍配が上がるだろう。パワーウェイトレシオもバカにならない。
ただ、我々サイクリストが忘れてはならないのはお金で買えるエアロダイナミクスよりも、身体を極限まで高めてフィジカルを鍛え続ける事が先決である。その先に世界で戦う、そして自転車を生業にしている選手こそが「あと僅かな1%」を埋めるために最高の機材が用意されているのではないだろうか。
どうやら私には、まだまだこれらの機材は不要である。しかし、機材としての優位性や使う楽しみを与え続けてくれる自転車機材への投資は当分終わりはない。ああでも、自分への投資も忘れないようにしないとなぁ。。
なおTour Magazine内では個々で紹介したフレームの他に、さらに15台のエアロフレームがテストされているので実際に見て欲しい。それらは、非常に興味深い結果である。
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