どちらが空力が良い?なぜDragに重み付けをすべきなのか。

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「エアロダイナミクス」という言葉は自転車業界で流行語のように使われている。新製品が登場すれば、必ずと言っていいほどDragデータを掲載し、前作モデルと劇的な格差をこれでもかと見せつける。しかし、これらの数値は「どのように計算」され「どれだけ現実的なのか」まで説明されていることはとても少ない。

2021年2月19日、筆者は自身で作成したホイールの性能を確かめるために風洞実験を実施した。風洞施設は、SUPER GTを走るシンティアム・アップル・ロータスのマシンであるロータス・エヴォーラMCのエアロダイナミクス開発を行う施設を利用させていただいた。個人での利用は(金銭的な面も含めて)ほとんど不可能だが、死ぬまでにやっておきたいことの一つだった。

とはいえ、風洞実験を行ったものの得られたデーターの精査と処理をどのように行うのかはまた別問題である。今回の記事は、得られたデータをどのように扱うのかを考察する。これまでなんとなく見聞きしてきた「Drag」について理解と考察を深めることを目的とし、Dragの扱い方や計算方法の違いによっていかに都合の良い結果に誘導できるかを記した。

風洞実験を行ってわかったことは、計算方法の違いによって良くも悪くもメーカーの都合の良いように解釈できるという事実だった。メーカーのプロモーションにだまされないための理論武装をする足がかりになるようにも記事を構成した。

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Dragとは

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Dragのイメージはなかなか付きづらいが、例えば背中にパラシュートを着けて走ることを想像してほしい。パラシュートは抵抗となって進行方向とは逆方向に引っ張る力が発生する。この進行方向とは逆方向に働く力が大雑把にいうとDragだ。風洞実験で用いる測定では6分力測定を行うため、Dragの他にも横力、揚力、捻る力(X,Y,Z軸)といった合計6つの力を測定できる。

次に空気抵抗についてだ。空気は粘性流体であるため、流体の中を動く物体(例えば、空気中のホイールやバイク)には圧力抵抗と摩擦抵抗が発生する。これら2つの力の組み合わせを空気抵抗と呼んでいる。摩擦抵抗と圧力抵抗はそれぞれ以下のように定義されている。

  • 摩擦抵抗:流体と物体表面の間の摩擦による空気抵抗。
  • 圧力抵抗:流れの剥離によって生じる空気抵抗。

摩擦抵抗は、流体の粘性によって生じる物体表面の摩擦だ。流体と物体が接する面積が広いほど摩擦抵抗が大きくなる。また摩擦抵抗は物体境界面の速度勾配に比例して大きくなる(ニュートンの粘性法則)。

圧力抵抗は、物体の正面と背面の圧力差によって生じる抵抗だ。一般に、物体から境界層が剥離することによって物体の背面は負圧になり圧力抵抗が発生する。形状を流線型し境界層を剥離しにくい乱流境界層に遷移させることで圧力抵抗を低減できる。

「エアロダイナミクスを突き詰める」ということは、(全てではないものの)これら2つの抵抗をいかに削減できるかが鍵を握っている。圧力抵抗をへらすためには、タイヤとリムを統合した状態でCd値を下げる必要がある。ホイールのエアロダイナミクスの良し悪しはリムの設計だけで決定しない。タイヤの形状(幅、高さ、表面のあらさ)によってエアロダイナミクスは大きく変化する。

圧力抵抗をへらすためには、リム側面を通過する空気の流れをできるだけ乱さず剥離するタイミングを滑らかにする必要がある。したがって、円柱よりもより流線型の形状のほうが圧力抵抗は小さくなる。円柱からNACA翼型(NACA airfoil)に近づけることで圧力抵抗は減る。

摩擦抵抗は物体表面の摩擦であるため、流体と物体が接する面積が広いほど摩擦抵抗が大きくなる。空気抵抗は物体の形状にも大きく左右される。円柱の場合は圧力抵抗が支配的になる。対してNACA翼型の場合は表面積が増えた分摩擦抵抗が増加する。しかし、剥離がほぼ発生しないため圧力抵抗が大幅に減少する。

最新型のリムは、タイヤとリムをインテグレートした状態でエアロダイナミクス性能を高めている。そのため、圧力抵抗に関してはタイヤ幅、リムハイト、リム幅が同じであれば大きな差は生じにくい。しかし、リムプロファイルが昔ながらのV字もしくは現行主流になっているU字にするなど、シェイプの設計をどのように定義するかで空気の剥離ポイントに違いが生じる。

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ヨー角

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「ヨー角」は空気が向かってくる方向を示している。

風洞施設でホイールの空気抵抗性能を評価するためには、ヨー角毎の抵抗をあるピッチ(例えば2.5°)で測定する。しかし、現実の世界を考えてみると風向きは刻々と変化しているため、必ずしもホイールの真正面から風が向かってくるとは限らない。ホイールのエアロダイナミクスをより現実的に評価するためには、いくつかのヨー角で測定を行う必要がある。

その後、ヨー角毎に得られた結果を「重み付け」して、ホイールの抗力値を1つにし、より現実的な抗力値を得ることが一般的だ。しかし現実世界における風向きは常にばらつく。重み付けを行うためには、現実世界で発生する頻度の高いヨー角を計測する必要がある。

実際にSWISS SIDEやMAVICといったエアロダイナミクスに強いメーカーは、実際のコース上でヨー角の発生頻度を測定している。方法としては、バイクにピトー管(航空機の速度計や風洞などに使用)と呼ばれる流体の流れの速さを測定する計測器を取り付けてデーターを取得し定量化している。

ピトー管は風速を計測するために使用するが、あわせて走行中の見かけの風を測定しヨー角を記録する装置も開発している。

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各社が様々なヨー角の発生頻度に関する実験を行った結果、各ヨー角の頻度を表す一般法則は定式化されていった。実際のライドでは、見かけの風は方向も速度も決して一定ではない。それどころか、バイクが進む速度は常に変化し、道の曲がり応じて風向きも変化する。

実際の走行コースにも大きく左右されるがヨー角は平均的には(ばらつきがあるものの)、発生頻度が最も高いヨー角は「真正面」と「かなり小さな角度」という傾向があることがわかった。±0~10°のヨー角の発生頻度は74%を占める。

メーカーが風洞実験を行った際のDragデーターのグラフを確認すると、±0~20°のヨー角が表示されている。しかし、現実世界で発生頻度のほとんどが±0~10°であることが判明している。この話はFFWDのRYOTの風洞実験でもエビデンス付きで報告されている。

もちろん、これらは「一般的な法則」である。気象条件、場所、地形、ドラフティングによって変化する可能性がある。とはいえ、風洞の結果を重み付けするための基礎的な考え方として理解しておくべき内容だ。次の章からは、取得したデータをどのように解釈するのか4つの方法について紹介していく。

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データーをどう解釈するか

風洞実験では、遭遇する可能性があるヨー角-20°~+20°の間でホイール抗力を測定する。一例として、ある2つのホイールAとBを比較した結果を以下に示す。

データによると、Aは0°(風が真正面から吹いてくる場合)では抗力が低く、10°以降ではAとBの間に非常に大きな格差があることがわかる。これは、「あるヨー角においては」BよりもAの抗力が低く速度を維持するのに力を必要としないことを示している。2つのホイールAとBの間の格差は、ヨー角が大きくなるにつれて大きくなる(現実世界の非常に強い風の状況で)。

風洞実験で得られたデータから、ホイールの性能格差を解釈するための方法は4つある。

  • 単一計算
  • 平均計算
  • 加重平均計算
  • Dark Sky 地点予測計算

風洞実験で得られたデータはこれらの4つの方法のうち、どの方法であってもデーターを「解釈」することはできる。しかし、信ぴょう性や実環境における風向きを考慮できているかまでは方法によって大きく異なる。そのため、1つ1つ内容を確認していく。

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単一計算のDrag

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グラフはわかりやすくするために適当に数字を並べて作ったものだ。

たとえば、単一のヨー角0°だけに絞り抗力の計算を制限する。画像の例は最もDragの値が大きい場所のみ見た場合11.3Wの差がある。ただし、気象風がある場合には、単一の抗力だけを考えるだけでは不十分である。そのため風洞実験のデーターを解釈する場合この手法が用いられることはない。現実世界において、ある一方方向からのみ風が発生することなど、天地がひっくり返っても絶対に起こらない。

実験室でのみ起こせる神業だ。

以前、Sacraホイールというメーカーが存在したが当時公開されたデーターで「21.4W抵抗が小さい」という事が大々的に述べられていた。多くの自転車メディアもそのままデータを掲載していたが、最もDragデータが乖離していた「単一Dragポイント」のみを抽出し、プロモーションで都合の良い結果として用いていたことが今となってはよくわかる。

グラフや数値を紹介する時に、縦軸のスケールを狂わしたり、タ◯リン1000mg(実際には1g)と表示し消費者に対して印象操作をすることは常套手段になっている。

とはいえ、「単一Drag」という「解釈」も間違えてはない。どのように解釈するかはメーカーに委ねられているからだ。しかし、「現実世界を考慮せず、ある角度における限られた条件の場合」という条件付きである。数字の意味や、内容の理解といった細かい部分までこだわらない純粋なサイクリストを丸め込むには都合が良い。

しかし、現実世界に沿った事実であるとは言えない。

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平均計算のDrag

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測定した全てのヨー角に対して、単純に平均値を計算する。言い換えれば、ヨー角が0°の場合とヨー角が20°の場合であっても等しく「重要視」し解釈する。単一Dragよりも乱暴な解釈ではないが、現実世界を考慮しているとは到底言い難い。この計算方法も単一Dragと合わせて通常は実施しない。

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加重平均計算のDrag

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予想に反して、加重平均計算をすると青色のAのほうが、0.123W空力性能が良い。

2013年~2019年頃まではこの加重平均計算が用いられてきた。MAVIC、CERVELO、CANNONDALE、HUNT、といったメーカーもこの方法で計算を行っている。実際に複数のコースを走りデーターを取得し定式化した法則に基づいて荷重平均計算を行う。発生頻度が高い、低いに対して重み付けを行う。

デメリットとしては、この空力曲線は「解釈の影響」を非常に受けやすいということだ。「重み付け」は各社バラバラであって「都合の良い重み付け」がまかり通る世界が本日でも続いている。例えば得られた測定データが芳しくない場合ヨー角の重み付けを減らす、といった内部操作もメーカーが自由に行える(行っている)という背景がある。

「ヨー角の重み付け」の采配は各社バラバラであり、さらに厄介なのが移動するスピードに応じてヨー角が発生する頻度は変わってくる。速度が速ければより0°に近い値の出現確率が増える。速度が遅ければ徐々に出現確率が均されていく。

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重み付けは「解釈」次第であり、どのような配分で重み付けが行われているかはどこのメーカーも公開していない。なお今回わたし自身が取得したデータの加重平均計算はMAVICやHUNTが得た「メーカーの都合のいい解釈」をもちいらずに、論文のデーターから加重平均計算を行った。

しかし、技術の進歩は恐ろしいもので最近ではさらに進んだ「解釈」が行われている。過去に発生したあらゆる地点の気象記録のビックデーターから正確に「ヨー角」と「風速」を考慮したDragを計算できる。

Dark Skyを用いた地点予測だ。

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Dark Sky 地点予測計算Drag

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TREKが「新型Emondaは旧型よりもアルプデュエズのタイムが60秒速い。」

というアレで用いられていた最新の解釈だ。ある地点における気象条件を過去のビッグデーターからAIが予測し、レース当日の風向き、風速、気圧、気温、湿度をデータとして算出する。このビッグデータを提供している企業としては米国の「Dark Sky Weather」がある。

2020年4月1日にAppleが買収した天気予報アプリとして有名になったあのDark Skyだ。Appleが「天気予報の常識を変えた異端児」と述べていたことでも話題になった。Apple製品の「純正品」として天気予報のデーターを提供し、Androidでも人気のあったDark Sky AppをAppleが利用停止にしたことも非常に大きなニュースになった。

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Dark Skyが優れているのは、現在そして数分後や数時間後といった短時間の天気の変化を分析を得意とする。例えば、「1分後に雨が降り出す可能性ある。その状態は8分間続き、後に17分の晴れ間がある」といった分単位の予測ができる。さらに、自分が今いるGPSで計測された非常にローカルな地点に対して天気情報を提供する。

Dark Skyの予測は主に近い未来に対して行われるが、過去のビッグデーターや統計結果から出現確率が高い気象状態を数カ月先まで特定する。したがって、レース日がわかれば予測に基づいて計算モデルを改良することも可能だ。例えば、真夏に行われるレースと真冬に行われるレースでは風向きも気温も異なるため有利になる機材が異なる場合がある。

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実際の活用方法としては、レースコースをいくつかのセグメントに分割する。そして、Dark Skyの膨大な気象データをもとに風速と風向を計算する。風速と風向の差に基づいて、精度の高い理論的な格差を計算する。

Dark SkyはAPIを公開しているため、様々な解析ソフトと連携することが可能だ。APIとはソフトウェアやアプリケーションなどの一部を外部に向けて公開することで、第三者が開発したソフトウェアと機能を共有できるようにするものだ。

ITLABホイールの風洞実験後のDragデータの解釈は、Dark SkyのAPIを用いてレース毎に計算を実施した。加重平均計算も実際に行ったが、「重み付け」でITLABホイールを他社製品より魅力的に魅せるハックができることに気づき、フェアではないため参考情報程度に留めた。

風洞実験で得たデータの解釈はDark SkyのAPIと連動する解析ソフトウェア(後日、別記事で公開)を用いたが、このソフトウェアを用いると実際のコースを想定して勾配、距離のみならず、タイヤのCrr、機械的損失、ライダーのCdA、一斉スタージ時のドラフティング、といったあらゆる情報をパラメーターとして入力する。

このソフトウェアは、レース当日の未来の日付とレース開始時間を選択することによってDark Skyのビックデータから気象情報をロードする。場所と時間の両方に基づいたコースの予測または過去の天気図が表示される。過去の気象データを取得することで、将来の参加するイベントの予測が行えるという代物だ。

そして、興味深いのは将来のイベントが近づくほど、Dark Skyの天気予報はより正確になる。解析ソフトウェアがDark SkyのAPIから読み込む気象情報は以下の通りだ。

  • 風向
  • 風速
  • 温度
  • 湿度
  • 気圧

これらの情報から、解析ソフトウェアはレース当日の気象情報に基づいて計算を行いヨー角の分布図を作成する。計算されたヨー角は速度、勾配、機材重量、体重、ライダーの平均パワーや1分、3分、5分、20分のMMPもパラメーターとして入力できる。勾配が増せば速度は落ちるのでヨー角も変化する。

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多くのバイクやホイールは、特定のヨー角でより速くなるように設計されているため、レースで最も頻繁に経験するヨー角を知ることは、機材決定をするために役立つ。

ヨー角が大きくなれば横風を示す。より小さなヨー角は直接的な向かい風または追い風を示す。一般的な経験則では、ヨーから0~12.5度の範囲で変動する。12.5度を超えると、横風の中で安定した位置にとどまるスキルを身に着けているライダーの能力に大きく依存する。より多くの上り坂があるコースでは、重量と速度に基づいてわずかにヨー角が変化する。

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上の例は、富士ヒルクライムやニセコクラシックの2021年の開催日におけるスタート時刻における風向きと風速データーをDark Skyのビッグデーターから読み込ませたものだ。ITLABホイールの風洞実験データは全てこのシミュレーターに読み込ませることでROVAL CLX50やALPINISTといったホイールとの比較を行った。

その結果は次回の記事で紹介する。

参考資料

Just a moment...
Energy Trends: UK weather
Quarterly and monthly data on weather patterns, including temperature, heating degree days, wind speeds, sun hours and rainfall.
世界最高のサイクリストたちのロードバイク・トレーニング:ツール・ド・フランスの科学
ジェイムズ ウィッツ(著), 西薗 良太(監修), 西薗 良太(翻訳)
5つ星のうち3.9
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