ロードバイクという乗り物は、「空力性能」と「軽さ」この2つだけしか開発を許されていない風潮がある。
そのほうが売れる。いまの時代、重くて空力性能の悪いバイクなんて誰がほしいと思うのだろうか。ピナレロやタイム、職人が1本1本ハンドメイドで作るオーダーフレームであればまた別の付加価値があるから、多少重かろうが、レイノルズ数が大きい丸パイプだろうが売れるだろう。
問題は、現代の「一般的な」ロードバイクのどれもが、機能や品質などで大きな差がなくなってきていることだ。北米の人気ブランドのどれもが台湾か中国製で原産国の違いも無くなってきている(むしろ高品質だ)。
プロモーションでは、他社よりも一歩抜きん出るための「世界最速」があちらこちらに乱立し、付加価値で差が生まれないとわかれば低価格競争、モデルチェンジを迎えるとセールが余儀なくされる。
こんな状況の時代だからこそ、CANYONが新しくリリースしたEnduraceは奇妙に映った。水面に反射する光のように、時代を映し出すはずのCANYONのバイクがそこには存在していなかった。
「エンデュランス」と「レース」を組み合わせたのがEnduraceらしい。Ultimateのように軽くもないし、AEROADのように空力性能も良くもない。目指したのは最もスムーズな乗り心地と、史上最速のエンデュランスロードバイクだという。
また、史上最速か。
最近のプロモーションで聞き飽きたフレーズはいったん隅に置いて、速さと軽さが強く求められる時代にEnduraceなんてバイクがサイクリストにとって必要な存在なのか。
これから、CANYONのEnduraceを実際に乗った模様をお伝えしていく。エンデュランスバイクと速さをかけあわせたバイクに、価値はあるのか。
快適で、楽に走るために
Enduraceが快適な理由は、コンポーネントとジオメトリこの2つに話を集約できる。快適性を優先してアッセンブルされているコンポーネントの中で、特に意味を持っているものは以下の3つだ。
- S15 VCLS 2.0シートポスト
- DT Swiss ERC 1100
- 前30mm、後32mmタイヤ
後述するが、Enduraceの乗り心地が快適だと感じる理由はVCLSシートポストによるところが大きい。CFRとCF SLXの全モデル搭載されたこのシートポストは、リーフスプリング(板バネ:湾曲した板の復元力を利用したサスペンション)のように働く2枚のカーボンブレードで構成されている。
最大20mmの稼働幅がある2分割の構造は、悪路で生じる振動をライダーに伝えにくくする役割がある。手で押すぐらいではほとんど変形しないが、乗車すると振動吸収していることを確かに感じられる。
他社でもFuture ShockやISOFLOWといった最新鋭のサスペンションシステムを搭載したバイクがある。しかし、CANYONが原始的な板バネ構造を採用した理由は、機械式サスペンションによる重量増や、フレーム構造の複雑さが増すことを嫌ってのことだろう。
振動吸収に対する解決策は各社が様々な方法を考案しているが、数ある振動吸収構造の中でも、板バネ構造が最もシンプルかつ軽量に仕上げることができる。シートポストだけで完結できるため、フレーム側に余計な構造変更を及ぼす必要がない。
ライダーとバイクのあいだの振動吸収は、シートポストが大きな役割をになっている。あわせて、バイクと路面のあいだで快適性を生み出しているのは、DT Swiss ERC1100と前後異型タイヤの組み合わせだ。
DT Swiss ERC1100は、安定性と耐久性に特化したロード用ホイールだ。空力性能と軽さを追求した世界最速のARCとは異なり、走行条件や風の状況を問わず、自転車を支配下におきライダーが容易にバイクコントロールできることに主眼がおかれれている。
舗装路以外も走ることを考慮しており、耐久性にも優れている。
リム内幅が22mmに拡張されているため、ワイドタイヤに対応している。低圧での運用が可能になっており、従来の幅がせまいリムとくらべてタイヤはより円形に近い形状になる。結果、グリップ性能とトラクション性能が向上する。
22mmのリム内幅には、フロント30mmとリア32mmのワイドなタイヤが組み合わされており、足回り側でも衝撃吸収性が高まっている。ホイールの緩衝性能が向上するため、乗り心地の改善に大きく関係していると考えていい。
CANYONが謳う「これまで開発したバイクの中で最もスムーズな乗り心地」の多くはアッセンブルされている機材によるものが大きい。しかし、CANYONの快適性への追求は、Enduraceのジオメトリも現れている。
快適性を高めるジオメトリ
Enduraceで追求した「快適性」とは、決してスムーズな乗り心地のことだけではない。
Enduraceは快適さを追求した「スポーツジオメトリ」を採用している。スポーツジオメトリーのコンセプトは、2014年に初めてEnduraceに導入されて以来、実走行において優れた快適性をもたらすジオメトリとして確立された設計だ。
UltimateやAeroadような、低く遠い攻撃的なジオメトリとは対象的で、スポーツジオメトリはややアップライトなポジションになるように調整されている。CANYONのレースバイクよりも少しリラックスした状態が標準だ。
Enduraceに乗るライダーは少しだけ体が起きたような乗車姿勢になる。腰、体幹、肩への圧力が軽減する乗り方におさまるように計算された結果だ。
ジオメトリをみていくと、UltimateのフレームサイズXSのスタック520mm、リーチ378mmと比較して、EnduraceのフレームサイズXSのスタックは28mm高く、リーチは8mm短い。その結果、CANYON Ultimateのスタック対リーチが1.37であるのに対して、Enduraceのスタック対リーチは1.48だ(値が大きいほどアップライト)。
EnduraceのXSサイズのヘッド角は70.8度、シート角72.7度で、エンデュランスロードバイクの典型的な角度だ。UltimateとAeroadと比較するとわずかに寝ている。
わずかに寝たヘッド角によって、CANYONのレースバイクよりもハンドリングの機敏さが薄れ、ゆったりとした落ち着いた操作感にしあがっている。
トップチューブストレージ
Endurace CFRとCF SLXは、トップチューブ内にマルチツールが格納できるストレージがそなわっている。
テレビリモコンの電池カバーと同じ仕組みのフタは、爪を引っ掛けて手前に押し下げながら引っ張ると、フタが外れる仕組みだ。
フタを開けると、ヘビのような細長いネオプレン製のスリーブがくっついて一緒に出てくる。スリーブには複数のツールポケットが連結されている。ポケットには、8つのツールビットを備えたラチェット、CO2インフレーターとカートリッジ、チューブレスプラグ、タイヤレバーが収納できる。
これらのツールは、サドルバッグかツール缶、もしくはジャージに入れて収納するのがほとんどだ。トップチューブにこれらのツールを格納することによって、サドルバッグのスペースが空くメリットがある。
ネオプレン性のスリーブのため、実際の走行中にカタカタと動く心配はない。
調整式エアロコクピット
Enduraceはのハンドルバーは、AeroadやUltimateと同様のCP0018だ。幅40mm、高さ15mmの調整が可能になっている。フォークコラムを余らせたり、カットすることが不要であるため外観も美しく空力性能にも優れている。
AEROADで初めてCP0018を使ったとき感じたのは、ハンドルを押し込むとわずかに沈むような柔らかさが気になった。今となっては全く気にならなくなったが、AEROADの硬さをうまく”いなす”ハンドルという印象だった。
快適性を追求したEnduraceにCP0018を取り付けると、さらに快適性が増すことはAEROAD乗りとしてはっきりとわかる。CP0018の特徴を考えてみても、快適性を引き出すために良い役割をになっている。
7ワットの空力向上
もはや、新製品のバイクにおいてエアロダイナミクスの向上は法律のように守らねばならない。
Enduraceもそうだ。
Tarmac SL8の空力設計と同じように、Enduraceもバイクのフロントまわりを重点的に空力性能が高められた。Enduraceの空力設計はSWISS SIDEが行っている。空力性能で世界TOP3のバイクのどれもがSWISS SIDEが設計したバイクだ。
そのうちの一台は、ご存知のとおりAEROADだ。
CP0018エアロハンドルを用いることでケーブルホース類を内装化し、さらに狭いヘッドチューブに仕上げ前方投影面積を減らした。
これらの変更によって、以前のEnduraceを比べると45km/hで7ワットの改善をもたらしている。実際この領域のスピードを出す機会はめったにない。しかし、空力性能の改善は長い時間ゆっくり乗る人ほど短縮できる時間が大きいという特徴があるため、エンデュランスバイクでも無視できない。
インプレッション
正直なところ、新型Enduraceに目新しい革命的な設計や構造はない。前後にFuture Shockサスペンションを搭載したSPECIALIZEDのDiverge STRのような構造であれば、取り上げて話題にできるのだが、Enduraceにはそういった目玉がない。
残念なことに同社には、世界最速クラスのAEROADや軽量なUltimateの存在があり、「速い」や「軽い」といったサイクリストが最も好む人気のバイクがすでにある。だからこそ、Enduraceの立ち位置が非常に難しく、微妙なポジションに感じていた。
それが、乗車前に感じていたEnduraceの第一印象だった。
さらに突っ込んで正直な感想を書いてしまうと、EnduraceにはAEROADほどの興味が持てなかった。それはしかたがないことで、当然の結果でもある。CANYONのAEROADがこれまで乗ったバイクの中で特に優れたバイクであり、Enduraceが自分の使い方に必要とされていないバイクだったことも理由だ。
とはいえ、AEROADやUltimateの次にリリースされたCANYON新製品であるから乗らないわけにはいかない。AEROADで追い込んでへろへろになった練習の後に、すぐさまEnduraceに乗り換えてインプレッションを行った。
偶然わかった”Endurace”の意味
偶然は、何の因果関係もなく予期せぬ場合に起こる。
Enduraceを乗ったのは、同社のAEROADで追い込んだ直後だった。それゆえ、ぼんやりとしていたEnduraceの性能部分、開発テーマでもある「快適性」がくっきりと見えてきた。インプレッションの条件をつけ忘れたが、ホイールをAEROADにつけていたPCWのWAKE6560に変更し、空気圧やタイヤも同様にして試している。
厳密には微妙なコンポーネントの差があるものの、バイクの乗り心地に支配的なタイヤや空気圧の影響をほぼ排除して、フレームや乗り心地の感触を確実につかんでいった。
まず、練習後でかなり身体が疲れていたもののEnduraceに乗り換えると「まだまだ練習できそう」という身体の余裕に気づいた。自分でまだ気づいていない脚が残っているような感覚だった。
例えば、ビュッフェでお腹いっぱい食べた後に「最後にデザートを・・・」というあの感覚と似ている。ドラゴンボールで例えるなら、仙豆を食べた気分だ。AEROADからEnduraceに乗り換えると、こんな錯覚におちいる。
Enduraceはスポーツジオメトリによって、ライダーの身体に負担がかからないポジションを誘導しているのではないか。AEROADやUltimateでもポジションを変えれば、Enduraceと同じポジションを再現できるかもしれないが、ハンドルのCP0018しばりがあるため、フレーム側のジオメトリで吸収するしかないだろう。
快適性に関してはVCLSの役割がとても大きい。大きすぎるほどだった。ライダーが感じる「快適性」の大部分はVCLSによるものだろう。ライダーとバイクのコンタクトポイントであるサドルはライダーの体重がもっとも押しかかる部分であり、性能を感じやすい。
ライダーを支えるシートポストで、振動吸収の役割があるのは非常に効果があると感じた。冒頭でも紹介したリーフスプリングの一体型のシートポストは、58kg前後の体重であっても確実に機能した。
車道と歩道をへだてる凹凸を乗り越えると顕著に振動をいなす特徴がわかった。AEROADは腰を上げないと突き上げがひどくて乗り越えられないが、Enduraceは座ったまま通過することができる。これまで注意を払ってきた路面の段差に対して、それほど気をつかわなくなったほどだ。
試しに河川敷で踏みならされた芝を走ってみたが、サドルに乗った状態での振動吸収性はGIANT TCXのD-Fuseシートポストよりも優れていると感じた。芝生でこれだから、舗装路で登場するような厄介な段差はほぼ飲み込んでしまう。
サドルの乗り心地はこれまで乗ってきたバイクの中で最高レベルだ。CANYONが「最もスムーズな乗り心地と、史上最速のエンデュランスロードバイク」というのはあながち嘘ではない。
史上最速という言葉には聞き飽きたが、たしかにエンデュランスロードバイクというカテゴリにおいては最速かもしれない。何度もいうが、EnduraceでVCLSはとてもうまく機能している。よくメンテナンスされた日本の道路では良すぎるくらいだと感じた。
乗りやすさを引き出す設計
「まだまだ練習できそう」という身体の余裕は、スポーツジオメトリも影響していると感じた。
ダンシング中にシッティングで使わない筋肉を休ませるように、AEROADで使わなかった筋肉をEnduraceで使えただけ、という考え方もできる。何が原因で「まだまだ走れる」と感じたのかははっきりと断言できない。
だたし、ジオメトリは確実に影響していそうだ。
Enduraceはヘッドチューブが長く、アップライトのポジションになる。アップライトのポジションになると、身体が起き上がることでサドルにのしかかる重さが増す。身体が起き上がることと相まって、リーチが短いためハンドルにのしかかる荷重も減る。手の負担も減る。
身体とバイクの位置関係の変化によってサドルとハンドルにかかる荷重に変化が生じる。他社のバイクにあるようなヘッドまわりのサスペンションが結果的に不要になっているのも、このあたりが良い仕事をしているからではないだろうか。
CP0018部分、ハンドル側には特別な衝撃吸収がない。ハンドルバーは様々なAEROADのレビューでも指摘されていたとおり、垂直方向に比較的大きくしなる特徴がある。そのため、快適性に少なからず貢献しているようだ。
体重が重い方、パワーが高い方、スプリンターはハンドルバーが柔らかすぎると感じるかもしれない。しかし、普通の人なら快適性に満足できるとおもう。
話を戻すと、サドルにどっしりと座れることによって手とハンドルの間にはAEROADで感じるほどの圧がない。シクロクロスで振動をいなす際、サドルから腰を上げて”ホバリング”するのだが、Enduraceは良い意味でハンドルと手の間の圧が薄い。
確かにEnduraceは、VCLSによって腰と体幹、ポジションによって手や肩への圧力が軽減されていた。
タイヤとホイールの影響
Enduraceの多くの時間は、AEROADに取り付けたホイールで走っていた。最後に、DT Swiss ERC1100に戻してテストを行った。ついていたタイヤは、Schwalbe Pro One TLE でフロントが30mm、リアが32mmだ。
空気圧は5.0barから下げていって4.5barで試した。低圧だと思うかもしれないが、チューブレスタイヤと30mm & 32mmサイズ、リム内幅を考えるともう少し下げてもいいと感じた。参考までにAEROADに取り付けていたクリンチャータイヤの空気圧はフロントが5.5bar、リアが5.6barだ。
結論としては、Enduraceの快適性は太いタイヤをつけて完成する。間違っても私のように、ロードバイク用のエアロホイールをとりつけてはいけない。DTSWISSで言うところARCを取り付けるとEnduraceで極限まで高められた快適性がスポイルされる。
CANYONの賢いドイツ人エンジニアが考え抜いて、選びぬいた快適性を引き出すアッセンブルだ。確かにVCLSやポジションで快適性が十分に引き出されているものの、最後の最後はタイヤと空気圧が乗り心地に対して支配的になる。快適性もその例に漏れず、ロード用で使用しているホイールとは比べ物にならないほど乗りやすくなった。
タイヤと空気圧が支配的であることと、Enduraceというバイクの性能はむすびつかないものの、VCLS、ポジションに合わせて足回りも快適性を追求していくと、これ以上にないくらい快適性に優れた乗りやすいバイクに変化してしまう
低圧の転がり心地の良さを一度味わうと、カンカンに高い空気圧には戻れないだろう。
まとめ:結局、だれのためのバイクなのか
エンデュランスという言葉には様々な意味がある。一般的には我慢や忍耐など辛抱強く自分の内側に向け、何かに取り組むことをあらわす場合が多い。サイクリストにこの言葉の意味を聞けば、「持久力」と答える人がほとんどだと思う。
だからこそ、自分の外側に向いている「レース≒競技」とエンデュランスをかけ合わせたことに違和感があった。
「快適」と「速さ」は、一見すると矛盾しているようにみえる。しかしそうではない。 CANYONはEnduraceというバイクで矛盾ではないことを証明していた。快適性を追求したVCLSシートポストやホイール、ジオメトリは「快適性」のレベルを再び引き上げ、ライダーの能力を引き出し、速さにつなげる手助けをした。
今回のインプレが偶然にも出しきったあとだったのも幸運だった。この状況、ライド後半であっても身体をうまく使ってパワーをさらに出せるのは間違いなくAEROADではなくEnduraceだ。なによりバイクの上で過ごすことが楽で、どこまでも走っていけそうな感覚を得られる。
ツールドフランスで使うようなレーシングバイクに数センチのコラムスペーサーを取り付けている人や、背中や体感に痛みなどの問題を抱えている人は、Enduraceをよくみてほしい。あなたが本当に必要としているバイクがここにあるのかもしれない。
このバイクをすでに選んで乗っている人は、自分と向き合って、自分の走りを、自分が速く走るために「ほんとうに必要なこと」をよく知っている人なのかもしれない。
エンデュランスバイクはだれのためのものか。このバイクでわたしたちが行う走りほとんどができる。エアロダイナミクスはAEROADにも、軽さはUltimateに及ばない。しかし、Enduraceはライダーを疲れさせず、これらのバイクよりも遠くまで運んでくれる可能性を秘めている。
無機質なレーシングバイクではなく、気軽にどこまでも乗れるバイクに必要とされている「快適性」はないがしろにされてきた、してきたように思う。それに気づけず、オーバースペックな競技用のロードバイクよりも、Enduraceの方が合う可能性が高いライダーは思ったよりも多いのかもしれない。
1分1秒を争う競技ではなくスポーツ志向で快適性を求めるライダーや、身体を鍛えねば性能を引き出せないような、極端なポジションを”求めていない”ライダーは、食わず嫌いにならずにエンデュランスバイクの快適性を一度乗って確かめてほしい。
速さとは、必ずしも空力性能や軽さだけを追求して得られるものではない。Enduraceは快適性を持って、あたらしい速さの形に気づきをあたえている。