フレームやホイールの剛性はタイヤに支配されている残酷なデータ。

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「タイヤと空気圧はバイクシステム全体の剛性に対して支配的である。」

どんなに高剛性をウリにするバイクだろうが、ホイールだろうが、タイヤと空気圧はそれらをいとも簡単に歪めてしまう。この事実は、SILCA研究所の実験データーから明らかになった。ホイールやフレームが「硬い」や「柔らかい」という一端だけを切り取ることは意味があるようで、実は意味がない。

理由はとても単純な話だ。ホイールやフレームという機材は、決して単体では機能することができない。どういうことだろう。ホイールはバイクシステムの一部として組み込まれているにすぎない。システム全体の一部として組み込まれることで初めて意味を持つ。

機材は複数の要素(パーツ)が集合した1つの物体として捉える必要がある。言うなれば、ホイールの剛性はバイクシステムに組み込まれた「ある一部分の剛性」でしかない。私達は、ホイール、フレーム、コンポーネントを組み合わせた1つの「バイクシステム」を操っているのだ。

今回の記事は、SILCA研究所の実験データーからバイクシステム全体からみた剛性の変化を追った。

トランスフォーマーシリーズの合体ロボットのように、胴体となる1体のロボット(フレーム)に、共通のジョイントで手足となる4体のロボット(ホイール、ディレイラー、ステム、ハンドル・・・)が合体する機構を持つ「スクランブル合体ロボ ≒ バイクシステム」のようにバイクシステムを考えていく。

全てが組み合わさった「バイクシステム」を1単位とするのならば、ライダーが「剛性感」と感じる要素は「全てのコンポーネントが組み合わさった結果」として置き換えて考える必要がある。という内容を深掘りしていく。まずはコンポーネントを本来とは違う別の角度から考え、剛性の正体を探る。

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機材≒バネ

まず、自転車のすべてのコンポーネントを「バネ」として置き換えることから始める。非常に硬いフレームやハンドルやステムであっても負荷がかかると(わずかながら)変形する。シートポストは非常に固いが、体重がかかるとわずかながらしなる。バネと同じように「荷重」に対して「たわむ」ということは、「ばね定数」を求めることができる。

中学1年生で習った理科の内容だ。ばねに加える力「F」、ばねの伸びを「x」とするとFはxに比例する。したがって「F = kx」という関係式がなりたつ。定数「k」は、ばね定数を表す。

自分のバイクを思い浮かべて、最も柔らかい機材を想像してほしい。タイヤ、もしくはチューブを思い浮かべただろう。もう少し厳密に突き詰めれば、それらタイヤの剛性に影響を与えているのは空気圧だ。バイクシステム全体からみてタイヤは最も柔らかいバネである。

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ここで、単純な数式を使用した例で確認していく。上の式が意味するところは、「最も値の小さいばね定数がバイクシステムを完全に支配している。」ということだ。

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この結果はわたしたちの直感に反するかもしれないが、簡略化するため単純な考え方にしている。10N/mmのスプリングを無限の剛性を備えたスプリングと直列に配置する。この場合、10N/mmのスプリングと直列に配置した他のスプリングは無限の剛性をはるかに下回るため、10N/mmのスプリングレートが残る。よって、「最も値の小さいばね定数がバイクシステムを完全に支配している」ことでバイクシステムの剛性は低くなる。

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1つ1つのコンポーネントはそれぞれ異なった「バネ定数」を持っている。タイヤやチューブは少しの荷重で簡単に変形する。対してカーボンステムやハンドル、金属製のクランクはとても硬いためたわみ量はわずかだ。

クランクがたわむことをイメージできない人も居るかもしれないが、パイオニアペダリングモニターやStagesはクランクアームのたわみ量をストレイン(ひずみ)ゲージで測定し「トルク x 回転」でパワー(ワット)を算出している。

どんなに硬いコンポーネントであっても、わずかなタワミが生じる。精密なセンサーはそれらを感知して数値として測定している。これら、一つ一つのコンポーネントにはそれぞれの「たわみやすさ」が存在している。

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「剛性」の正体

ここまでくると、なにかに気づき始めている方もいるかもしれない。ライダーが「剛性」と呼び、感じ取っているものの正体だ。それは、1つ1つのコンポーネントというバネが綿密にからみあい、「たわみあった結果」である。バイクシステムの剛性とは、小さな「バネ」が組み合わさった結果であり、積み上げた結果を「硬い」「柔らかい」と判断している。

言われてみれば何ら疑うことはない。

したがって、バイクのアッセンブル次第でバネとバネの積み上げの総和は千差万別である。何万、何十万通りの組み合わせの違いを乗り比べることで、私達は相対的に「硬い」や「柔らかい」といった感覚の違いを感じとっている。その結果は乗り心地の良し悪しや、はたまた雑誌のインプレッションの「剛性感」として文章に落とし込まれる。

しかし、一方でこの考え方は驚異にもなる。

雑誌やメディアで表現されているような「ホイールの剛性」や「フレームの剛性」という剛性は、バイクシステム全体の剛性から不要な剛性を(何かしらの魔法で)全て排除してから、「ホイール単体だけの剛性」や「フレーム単体だけの剛性」を抽出するという神業なのである(本当にできるかできないかという議論はさておき)。

しかし、それは無理だ。先に断っておく。そのため、インプレッションを行う場合は、対象となるコンポーネントのみを変更することが望ましい。ただ、そのような条件であっても下している評価は「相対評価」であり「絶対評価」ではない。では、私達がぼんやりと感じている「やわらかい」「硬い」という感覚は一体何がもたらしているのか。次章から詳しく探っていく。

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柔らかいという支配

今から書くことは、今最も注目していることだ。「柔らかいバネは支配的である」ということである。冒頭で記したとおり、バイクシステムにおいて最も柔らかい「バネ」はタイヤだ。しかし、目に見えるもの(機材)だけがバイクシステム全体の剛性に影響を及ぼしているわけではない。

さらにもう一段階掘り下げていくと、タイヤの剛性を影で支配しているのは空気圧である。空気圧の調整こそがバイクシステム全体の剛性を決定する最も重要な要素だ。どんなに硬く組まれたホイールを使ったところで(結線したとしても)タイヤの空気圧は全てをスポイル(台無しに)してしまう。それほど強力な力を持っている。

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SILCA研究所の実験データーは、「空気圧が剛性に対して支配的である」という事実をわかりやすく説明している。上の図はタイヤ幅28mm、25mm、23mmを17Cのリムに装着し、空気圧を6Bar、7Bar、8Barと変化させた場合の垂直方向の剛性(N/mm)を測定した実験データーである。空気圧1Barの違いは「ホイールシステム」の剛性を大きく変えている。

まさに、「支配的」である。

冒頭で記した内容をもう少し考えてみたい。「10N/mmのバネ」と、一切変形しない「無限の剛性を持ったバネ」が直列でつながっていることを想像してみよう。引っ張ってみれば10N/mmのバネが「先に」伸びていく(単純だ)。同じようにバイクシステムで感じる剛性も、最も柔らかい要素に引っ張られる。

次に、実際にバイクシステム全体を考えてみよう。「タイヤ」「リム」「ニップル」「スポーク」「ハブシェル」「ベアリング」「アクスル」「フレーム」「シートポスト」「サドル」という「バネ」が連結されている。踏み込むときの剛性であれば「ボトムブラケット」「クランクシャフト」「チェーンリング」「クランク」「ペダル」「シューズ」と様々な「バネ」が組み合わさっている。

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柔らかい要素が支配的であって、それ以外のすべての要素が引きづられていくとしたら一体どのような事が起こるのだろうか。

様々な剛性を備えた「バネ」を連結して考えていくと、「ホイールだけ」が「やわらかい」や「硬い」といった表現は非常に難しい判断を下していることになる。全体からある一部分を抽出し要素を取り出して評価するのだ。私はこれまで行ってきた自分自身の判断も非常に疑わしく思えてくる。

判断しているのは本当に「ホイールの剛性」なのだろうか。それとも、空気圧の気まぐれが生み出した実態のない「ホイール剛性」という名の幻想なのだろうか。

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空気圧と剛性

そこで、本章では空気圧の違いでバイクシステム全体の剛性はどのように変化していくのかを、データから1つ1つ精査していくことにした。

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3つのフレームカテゴリの垂直剛性モデル:N / mm単位の剛性。

空気圧はバイクの属性をいとも簡単に変えてしまう。上図は剛性が異なる3種類のフレーム(250N/mm、200N/mm、150N/mm)にZipp303を取り付け、タイヤ幅28mm、25mm、23mmを使用し「バイクシステム全体の剛性」を調査した結果だ。空気圧は6Bar、7Bar、8Barと変化させる。そのうえで垂直方向に8mm変化させた際に、どれほどの力を必要とするのかを表している。その剛性結果は一目瞭然だ。

空気圧は、バイクシステム全体の剛性に対して常に支配的である。空気圧はバイクが硬かろうが、ホイールが硬かろうが「バイクシステム全体の剛性」をいとも簡単に変えてしまう。

空気圧が高ければ高いほどバイクシステム全体の剛性は上がっていく。どれだけフレームが硬かろうが、ホイールが硬かろうが、結線がされていようがいまいが、タイヤの空気圧はバイクシステム全体の剛性をいとも簡単に変えてしまう。

  • フレーム剛性150N/mmと空気圧8bar:36.3N/mm
  • フレーム剛性200N/mmと空気圧7bar:35.0N/mm
  • フレーム剛性250N/mmと空気圧6bar:31.9N/mm

バイクシステム全体の剛性が最も高いフレームはどれだろう。一番柔らかい150N/mmのフレームである。違いといえば空気圧だ。

この箇条書きの内容(タイヤ幅25mmで統一)は、「タイヤ空気圧はバイクシステム全体の剛性に対して支配的である」とわかりやすく見えるように並べた。数字のマジックかもしれないが事実だ。悪質なプロモーションのようにデーターの縦横軸のスケールをいじったりはしていない。単純に空気圧と剛性を並べただけだ。

データーから読み取れる事実は、空気圧はバイクシステム全体の剛性を操っている。この事実は朗報であり、一方で悲報でもある。まず朗報なのはバイクを1台しか持てないライダーたちだ。空気圧のチューニング一つでバイクシステム全体の剛性を向上させることができる。

体に負担のかけないエンデュランス向けフレームや剛性感の高い(と錯覚している)レース用フレームを2台用意する必要などなくなる。バイクシステム全体としての剛性がどうであるかを考えるだけでいい。フレームやホイールの剛性を単体で考えるのではなく、バイクシステムとしての剛性を考慮すればいい。

そのためには、支配的であるタイヤと空気圧をチューニングする。実験データーにもある通り、剛性を高めるのならば、できるだけ太いタイヤを使い、高い空気圧を充填すればいい。すると、バイクシステム全体の剛性は間違いなく向上する。

そして、シリアスなレースライダーにも朗報だ。レースのコースや特徴に合わせて空気圧を最適化するという引き出しが増える。ロングレースであれば、脚や体に負担をかけないように空気圧をある程度下げてもよいだろう。もちろん転がり抵抗は悪化してしまうかもしれない。剛性と転がり抵抗のトレードオフの関係だ。

ほとんどのサイクリストは、バイクを1台しか所有できない。しかし、「巧妙な空気圧調整」という戦略でバイクシステム全体の剛性をいとも簡単に変えることができる。快適性は空気圧一つで変更することができる。レースバイクだろうが、高剛性をウリにするクライミングバイクだろうが、エンデュランスロードだろうがどれも一緒だ。

都合の悪い(販売とプロモーションに悪影響がある)のはフレームメーカーやホイールメーカーだ。「前モデル比剛性10%アップ!」と”たかが1割程度”の剛性アップを達成したところで空気圧次第で無かったことになる。バルブを数クリック、もしくはポンプを数回使用すれば「バイクシステム全体の剛性」は大きく変化してしまう。

確かにBB周りの剛性は(ある程度)必要かもしれないが、ペダリングによるBB付近の変形が熱エネルギーに変換されたとしても、推進力には全く影響を及ぼさないことが実験で判明している(サイクルサイエンス参照のこと)。

サイクル・サイエンス ---自転車を科学する
マックス・グラスキン(著), 黒輪 篤嗣(翻訳), 作場 知生(翻訳)
河出書房新社 (2013-06-25T00:00:01Z)
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このような事実は、ホイールメーカーやフレームメーカーにとっては耳の痛い話である。来年から「前年比○○%剛性アップ」という表現以外のキャッチコピーを今から考える必要があるが、剛性以外に消費者に響くプロモーションを考え直す良い機会だ。「前年比○○%剛性アップ」した結果、サイクリストにどのような素晴らしい恩恵がもたらされるのか―――、

私には、良い説明がまったく思い浮かばない。

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まとめ:バイクシステム剛性

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3つのホイールモデルの垂直剛性モデル:N / mm単位の剛性

バイクシステムの中でホイールは特に硬い。ホイールの剛性は追求され続けており、カーボンスポークなんてものも登場している。「やわらかいバネ」と一切変形しない「無限剛性のバネ」が直列でつながっていた事例と同じように、タイヤと空気圧が剛性を支配する世界ではホイールに限らず「機材剛性」の意味を見定める必要がある。

ホイールは使用する素材や構造によって剛性が大きく変化する。とはいえ、上図のデーターが示すとおりホイール剛性は非常に大きく(いわゆる無限の剛性の位置づけであり)フレームの効果(250N/m、200N/m、150N/m)と比べると、バイクシステム全体の剛性に対する影響は非常に小さくなる。

ホイール剛性はサイクリストの興味を最も引く話題の一つだ。しかし、バイクシステム全体の剛性に対する支配力としては、タイヤの空気圧には遠く及ばない。私達は、どうしても「高剛性」「高剛性」と高い方を目指していきがちだ。重要なのは、バイクシステム全体の剛性を支配している「剛性が低い機材」のほうだ。

「くさりの丈夫さは一番弱い輪で決まる」

私達が今、「速さ」のために追求できる剛性の課題はそう多くないのかもしれない。ホイールがそうで、やり尽くされたスポークパターンや組み方、結線の有無から得られるほんの僅かな「剛性」は高まるところまで高められている。とはいえ、剛性をあえて速さに結びつけようとしなければ、乗り心地や体への負担といった議論を行う余地は十分に残されている。

速さを求めるのであれば、スペシャライズドやHUUB WATT BIKE TEST TEAMが取り組んでいるようなバイクシステム(さらにはライダーとバイクシステム全体)を1つの単位として捉えたエアロダイナミクスや、ポジション、ウェア、タイヤ空気圧の最適化(ヒステリスロスやインピーダンスロスを減らす取り組みを)していくことにある。

これまで、「ホイール単体」や「フレーム単体」の「剛性」の議論をおこなう機会は確かに存在していた。これからはバイクシステム全体からみた「システム剛性」を考えていく必要がある。それらは、大手メーカーがフレームやホイールを一つの「バイクシステム」としてエアロダイナミクスを追求し始めたことと同じように、これから主流になっていく考え方の1つであろう。

世界最高のサイクリストたちのロードバイク・トレーニング:ツール・ド・フランスの科学
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