PINARELLO DOGMA F 開発資料から読み解く設計思想

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イタリア北東部のトレヴィーゾでGiovanni Pinarelloによって設立されたPinarelloは、1952年の設立以来、今日至るまで最高品質のバイクを作り続けている。 Pinarelloの名を聞けば、歴史上の偉大なサイクリストたちが残した数々の伝説的な勝利を思い出すことができる。

1975年にジロ・デ・イタリアで初優勝して以来、Pinarelloは、オリンピック、世界選手権、モニュメント・クラシック、そして世界最高峰のツール・ド・フランスでも勝利を積み重ねてきた。

Pinarelloは常に革新と性能、そして芸術的要素を追い求め、プロライダーから得たフィードバックを製品に反映している。同社の技術開発と問題解決を追求した絶え間ない研究成果は、チーム・イネオスに新たな”武器”をもたらした。

それが、「DOGMA F」だ。

Image credit: Pinarello

Image credit: Pinarello

DOGMA Fの開発にはチーム・イネオスからのフィードバックが多数盛り込まれている。2009年にチーム・イネオスが結成されて以来、イネオスのバイクパートナーを務めており長期的なパートナーシップによって、互いに数多くの成功を享受しあった。

チームから寄せられた主なフィードバックは、「Pinarelloの信念」と一致していた。それは、横風や高速ステージで使用されるバイクだろうと、クイーンステージや山岳地帯を駆け上がるバイクであったとしても同じ1台ですべてを走り抜ける必要がある、という開発信念だった。

ピナレロは歴代のDOGMAでクライミングバイクとエアロバイクを別々に製造する必要がある、とは考えていなかったという設計思想を、改めて”F”で伝えることを目的としている。

Fausto Pinarello

DOGMAはエアロ、剛性、重量、そしてどのブランドも決して真似できない芸術的なデザインを融合し、プロトン内でも特に高い競争力を発揮することになった。

「最高のバイクを、ただひとつだけ。」

この思想の根底にあるのは、エアロバイクとクライミングバイクを交互に乗り換えると、乗り心地や筋肉の使い方に微妙な差が生じるためライダーに悪影響を及ぼすことがPinaLabの研究結果から明らかになっている。プロライダーはバイクとの強いつながりを持っており、毎日何時間も同じバイクに乗っていることで、目利きのレベルは最高に高まっている。そのため小さな変化に敏感に反応してしまう場合があるようだ。

PinaLabとイネオスが目指した方向性は、「1台であらゆるコンディションに対応できるバイクを作る」というミッションだった。エアロダイナミクスと軽量性を両立させたPinaLabの最高傑作、DOGMA Fは一体どのようにして生み出されたのか。

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改良の概要

Image credit: Pinarello

Image credit: Pinarello

グランツール勝利のために最高のバイクを作る。そのためには、弛まない革新と研究開発が必要だ。フレームセットの全体的な重量を減らしながら、同等以上の剛性を確保する必要がある。PinarelloがDOGMAに課した目的は常に一貫していた。平坦で風の強いステージでも、重要な山岳ステージでも1台ですべての区間を最高レベルで走りぬけることだ。

過去にほとんどのメーカーが、エアロロードだとか、クライミングバイクといったように、ある方向性に特化したバイクを展開していた。これは、Pinarelloから考えてみると「迷走」に他ならない。最近になって、「すべてを兼ね備えた最高バイク」というように、一見すると目新しさを感じるプロモーションが米国ブランドによって大々的に打たれはじめた。

一貫して方向性のブレないPinarelloにとってみれば、「何をいまさら」と思わずにはいられないだろう。

もうひとつ、Pinarelloのブレない方向性でブレーキシステムの設計方針がある。各社が最新モデルでリムブレーキ式のバイク開発を廃止する一方で、DOGMA Fはリムブレーキとディスクブレーキが用意されている。それぞれのプロジェクトごとに専用のアプローチ開発が行われ、リムブレーキ式、ディスクブレーキ式それぞれ独立して開発が行われた。

依然としてリムブレーキを愛するユーザーは多い。これから先も、リムブレーキ専用のハイエンドフレームの開発を求め続けるライダーもすぐには居なくならないはずだ。Pinarelloの施策は、各社のトレンドと逆張り(というよりもブレない一貫性)にみえるかもしれない。

しかし、逆にこれからの時代は「リムブレーキのハイエンドモデル」という存在自体が希少価値が高まっていくため、他社との競争をせずに済む可能性がある。まさにブルーオーシャン戦略だ。

とはいえ、数年後に各社が「リムブレーキ復活」なんて話も出てくるかもしれない。その時はまたPinarelloにとってみれば、「何をいまさら」と思わずにはいられないだろう。大きな方針としてブレない一貫性を保っているDOGMA Fは、他にも細部に大きな変更が施されている。

重量減と、UCIの新規定に沿った新設計だ。

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軽量化と剛性

Image credit: Pinarello

Image credit: Pinarello

DOGMA Fの改良点は、フレームセット総重量の削減しながらも空力特性と剛性の双方が向上した。まず、フレームセットの総重量が大幅に減少した。フレームの重量は前作のF12とほとんど変わらないのだが、その代わり、フォーク、ハンドル、シートポストの重量を大幅に削減した。「総重量」と明記した理由はここにある。

F12に比べてフレーム重量を9%軽量化した。しかし、フレームの剛性や空力特性に一切影響を与えていない。フォークの重量は16%削減している。1割以上の重量減を達成しながら、同社の厳しい安全基準をクリアしている。

シートポストも見直された。デザインや構造を変更しながらも、エアロダイナミクスが突き詰められていった。それに加え、シートトップクランプにも大きな改良が加えられた。SLM(Selective Laser Melting)と呼ばれるチタンを採用し、重量削減を達成している。

そして、おなじみのTalon Ultraは13%の軽量化を実現した。最新世代のカーボンファイバーを使用した新しいカーボンレイアップ構造を採用することで、同じ安全品質、同じデザイン、同じ剛性を達成した。唯一の変化といえば、重量が軽くなったことだけだ。

DOGMA Fは作りこみの部分で大幅な軽量化を達成した。それでいて剛性も確保している。そして、さらに煮詰められていったのがエアロダイナミクスだ。

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規制緩和後のUCI最新規定を採用

Image credit: Pinarello

Image credit: Pinarello

もしも、Pinarelloが米国ブランドに買収されてしまったらDOGMA Fのキャッチコピーは「DOGMA史上最速のバイク」という、どこかで聞いたことのあるような、とても退屈でつまらないコピーが並べられていたかもしれない。実際のところ、DOGMA史上最速なのだが、あえてそこは「THE ART OF BALANCE」と銘打たれた。

さすがPinarello、と思わされる。

DOGMA Fのエアロダイナミクス開発においても、各社と同じくCFD解析が行われた。唯一、トレンドと異なっていたのはリムフレームとディスクフレームを「別々のバイク」として開発することだった。DOGMA Fと銘打たれているものの、リムブレーキ式とディスクブレーキ式は似て非なる別のバイクとして設計されている。

大きなトピックスとしては、DOGMA F DISCはリムブレーキバージョンよりもエアロダイナミクスが優れている。これは、DOGMAの歴史の中で初めてのことだ。DOGMA F DISCはRIMよりも7.3%空力性能が高い。数値上もはや別のバイクだ。なぜこれほどまで改良が行えたのか。その秘密は、最新のUCI規定(2021)をいち早く採用し、各チューブ幅を規定ギリギリに合わせたことによるものだ。

TARMAC SL7、CANYON AEROAD CFRといったバイクですら守らねばならなかった「メーカーにとって縛りが厳しいUCI規定」ではなく、規制が緩和された後の最新レギュレーションをDOGMA Fで採用した。その結果、目に見えて細いと判別できるほど、異常に薄い厚さ20mmのシートポストが搭載されている。シートポスト単体だけでみても、DOGMA F12と比較して空気抵抗を30%低減した。

OPTIMIZATION STUDY WITH AUTOMATIC SOFTWARE. TESTED MORE THAN 30 CONFIGURATIONS AT 3 DIFFERENT YAW ANGLE.

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DOGMA Fは横から見ると前作のF12とそれほど大きな違いは認められない。しかし、細部をくまなく確認していくと各所の断面形状が別物だ。PinaLabはエアロダイナミクスに優れた断面形状を幾通りも変更して最適解を導き出した。ダウンチューブはフロントボトルを考慮して空力特性を向上させている。

また、シートステーは新しい断面とドロップシートステーを採用した。特にディスクブレーキバージョンでは前方投影面積を減らすために、さらにシートステーを下げる設計が取り入れられている。フォークはリムやディスクキャリパーの位置を考慮し、フォークの距離関係を最適化するこだわりようだ。

下の図は、リムとフォークの距離とエアロプロファイルを考慮し比較したDOGMA FのCdデータだ。

Cd for a 25% aerofoil with ground effect.

Cd for a 25% aerofoil with ground effect.

ミリ単位でフォークとリムとの位置関係を最適していった結果、ディスクとリムともにDOGMA F12と比較して平均25%の空気抵抗低減を達成している。

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そして、ディスクブレーキセクションの最適化では750種類の異なる構成を作成したという。まず2D解析を行い、次に3D解析で最終的な最適値を導き出した。

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そして、現実世界で発生するであろう複数のヨー角を考慮し、750回の計算を行った。最後に専用の解析ソフトウェア(HEEDSのような)で最適な配置パターンを導き出している。結果は、

  • Dogma F12 DISC fork -12%
  • Dogma F12 RIM fork -8%
Image credit: Pinarello

Image credit: Pinarello

前作の同一ブレーキバージョンと比較しておよそ1割もの空力改善を達成している。

 Image credit: Pinarello

Image credit: Pinarello

このように様々なエアロダイナミクスを追求していった結果、シートチューブ幅はわずか20mm程のサイズになった。しかし、PinaLabは闇雲に根拠なく細くしていったわけではない。

Image credit: Pinarello

Image credit: Pinarello

PinaLabはDogma FのFEMモデルを用いて解析を行った。FEM(有限要素法)は、微分方程式を近似的に解くための数値解析の方法だ。連続した問題解析対象を、多くの微小な要素で構成される解析要素でモデル化し、複雑な境界条件や解析対象の適合性を調査する。

3D option chosen and tested. Image credit: Pinarello

 Image credit: Pinarello

FEMでシートチューブ、シートステイ、トップチューブ、ダウンチューブといった全てのデータを収集した結果、シートチューブ幅を20mmにすることが最適なソリューションになることをつきとめた。この結論が面白いところは、「ボトムブラケットの剛性を2.1%低下させる」ことと引き換えに、シートポストのエアロ化と重量削減を優先させたことだ。

エアロ化と高剛性化はトレードオフの関係にある。どちらを突き詰めるとどちらかの性能が低下する場合がある。しかし、PinaLabは別のアプローチでこの問題を克服した。

Image credit: Pinarello

Image credit: Pinarello

2.1%の損失分は、シートステーを(リア側スルーアクスルを中心にして)時計回りに15mm回転させる(位置が下がる)設計上の工夫を施すことで、ボトムブラケットの剛性を確保しなおした。結果、上記のシートチューブ幅の縮小による損失分を補う考えられた構造になっている。

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ジオメトリ

バイクのジオメトリにTシャツのサイズ(XS,S,Mなど)を使用することなど断じてありない。そんなことは、紳士服の仕立て屋が他人で測定したスーツを顧客に使わせるようなことだ。バイクも同じだ。ライダーを測定する職人にとってイタリアの伝統を侮辱することになる。

Fausto Pinarello

GEOMETRY / Image credit: Pinarello

GEOMETRY / Image credit: Pinarello

Pinarelloのバイクといえば、豊富なジオメトリで小柄な女性から大柄な欧米ライダーまで幅広い選択肢がある。そして、サイズ毎に独自のチューニングを施してあり、小さなサイズは材料を減らして軽量化を実現している。大きなサイズであれば、より重い負荷やパワーに応えるためにカーボンのレイアップを調整している。

DOGMA Fのリムブレーキとディスクブレーキは、ピナレロで一般的に提供されているサイズチャートとジオメトリーを共有している。これはピナレロ独自のハンドリングとレスポンスを達成するために不可欠な設計だ。そして、ヘッドセットのトップキャップが一体となっているため、リーチとスタックは9mmのヘッドセットキャップの上に計算されている。

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TALON ULTRA

TARON ULTRA HANDLE / Image credit: Pinarello

TARON ULTRA HANDLE / Image credit: Pinarello

前述のように、同じデザインでカーボンファイバーを変更し、新バージョンでは13%の軽量化を実現している。ハンドルはDOGMA FとF12と互換性がある。共通している主な使用は以下の通りだ。

  • DROP: 125mm
  • REACH: 80mm
  • OUTWARD BENDING: 4°
  • 重量:350g
  • ルーティング:TiCR

ステム長とハンドル幅(外-外)の一覧は以下の通りだ。例えば420mmハンドルは、CC400mm相当になる。また、ブラケット部分はさらに内側に入っているためENVE SESハンドルのように空力が改善されるメリットがある。

  • 90/420mm
  • 90/440mm
  • 100/420mm
  • 100/440mm
  • 100/460mm
  • 110/420mm
  • 110/440mm
  • 110/460mm
  • 120/420mm
  • 120/440mm
  • 120/460mm
  • 130/420mm
  • 130/440mm
  • 130/460mm
  • 140/440mm
  • 140/460mm
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THE ART OF BALANCE

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DOGMA Fは世界最高峰のライダーと世界最高峰の開発陣の元生み出されたスーパーバイクだ。お値段もぶっ飛んでいて、ハンドル込みのフレームセット価格は100万円を超える。100万円あれば、CANYONのAEROAD CFRの完成車が買える事を考えても簡単に手の届くバイクとは言い難い。

しかし、前作F12から大幅な軽量化とエアロダイナミクスの改善が施されており、Pinarelloファンにとっては100万円払ってもよいと思うだろう。

Pinarelloの公式情報で気になることは、DISCモデルがF12のリムブレーキ式モデルを超える空力性能と軽量性を併せ持つバイクであるということだ。この事実は、TOUR紙のテストでDOGMA Fが世界最速のバイクになる可能性がありうる。

とはいえ、PinarelloにとってDOGMAは「THE ART OF BALANCE」が目的でありであり、DOGMA史上最速という要素はその中のは1つでしかないのだ。

「軽量」「高剛性」「エアロ」そして、「芸術」この4つの要素をバランスよく備えたバイクは世界中どこを探してもPinarello DOGMAだけしかない。ただ、お値段が悩ましく、使うライダーを選ぶ、というよりも購入者を選ぶバイクと表現したほうが適切かもしれない。

しかし、その性能は世界のトッププロお墨付きのフレームだ。

余談だが、筆者はPinarelloのトラックバイクMAATを所有している。東京オリンピック向けに開発した最新型は、芸術的な造形と作りこみから、値段がいくらであってもPinarelloのフレームであれば投資する価値があると思っている。

そんな思いからいつかDOGMA Fに必ず乗ってみたいと思っている。はたしてDOGMA Fはどんな夢を見せてくれるのだろうか。

Dogma F | en | Pinarello Global
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