本記事は「TARMAC SL7 インプレッション 前編 〜VENGEの時代は終わる〜」の続きです。まだ読まれていない方は、こちらを先にお読みください。
世の中にはさまざまなロードバイクが存在している。その中でも「TARMAC」は常に注目され、最先端を行くバイクのひとつだ。私の記憶の中で最も印象に残っているTARMACはSL2だ。TIMEフレームの印象が強いベッティーニが世界選2連覇し、アテネ五輪で金メダルを獲得したアルカンシエル&ゴールドモデルのSL2は伝説になった。
アマチュアの世界でもTARMACは活躍した。ツール・ド・おきなわ2009市民レース200kmで優勝した武井選手が乗っていたのもTARMACだった。そして、3位の松木選手が乗っていたのもTARMAC SL2だった(余談:2位の高岡選手はGDR)。まだそれほどレースに出ていなかった私にとって、TARMACは憧れの的だった。
10年ひと昔というが、10年経った今も同社のバイクはトップシーンを走り続けている。私自身、SL2,3,4,5,6,7,7DISCと乗り継いできた。気に入らなかったTARMACもあれば、大好きになったTARMACもあった。気に入っていたのはSL3で、さらにサクソバンクカラーは本当に良かった。ファビアン・カンチェラーラがパリルーベでボーネンを置き去りにしたり、シュレック兄弟が乗っていたりと話題のモデルだった。
あれから10年以上が経過したが、TARMACというバイクの方向性はそれほど大きく変わっていないように思う。現在は、風洞実験やCFD解析が盛んで、バイクのエアロダイナミクスを高める方向性が好まれているようになった。それでも、TARMACは純粋なエアロロードではなく、山も平坦もスプリントもすべてをこなすオールラウンドバイクだ。
TARMACはSPECIALIZEDを代表するバイクで、それは今も変わらない。その事実を理解しつつ、SL7の発表で腑に落ちない部分があった。「速い機材」と「投資資金」を天秤にかけた場合、TARMAC SL7は60万円も投資する価値が本当にあるフレームなのか?という疑問が浮かんできたのだ。
そして、既存のVENGEやSL6ユーザーにとって、SL7は乗り換える価値があるバイクなのか。また、TREK Emondaが10年前のTARMAC SL3と同じくらいの価格である39.6万円で販売しているという事実(まるで、さおだけ屋の10年前のお値段設定)もあってのことだ。
TARMAC SL7のインプレッション中編は、SL7は性能や話題性に富んだバイクであるものの、乗り換えるバイクとして適切な機材なのか性能や価格から掘り下げていく。
VENGE6.8kgじゃダメなんですか
結論から先に書いておくと、6.8kgのVENGEが作れるのならばTARMAC SL7は不要だ。話は単純で、同一重量でエアロダイナミクス性能はVENGEが優れている。操作性うんぬんの個人的主観によって話が変わってしまう部分を排除し、単純に「エアロ」と「重量」だけ考えた場合、6.8kgのVENGEと6.8kgのTARMAC SL7どちらが優れているか。
データ上だけであれば前者のVENGEだ。
6.8kgのVENGEが現実的かと言われると、私が乗っているVENGEの実測値がROVAL CLX50を使用して6.83kgだ。ただ、ひとつひとつのパーツを軽量なものに変更する必要がある。これらは、軽量パーツへの投資と手間暇の話であって、単純に「エアロ」と「重量」だけ考えればVENGEが優れている。
「SL7のほうが新しいし、なんかよくわからないけど速いと思いたい」場合は話が別だ。それでも、あえて「VENGEよりも空力性能が劣るSL7」を選択するのは合理的な考え方ではない。SPECIALIZED自身も「VENGEよりも空力性能が劣るSL7」ということを認めているとおり、6.8kgに仕上げられるなら、いまだ同社のロードバイクでVENGEが最速だ。
SPECIALIZEDは次のように語っている。
「AERO IS EVERYTHING – 私たちは、マーケティングの大げさな謳い文句には興味がありません。本当に、エアロはすべてだからです。これは、私たちの作るすべてのデザインに取り入れられた特性であり、世界最速の製品ために新基準を打ち立て続ける理由です。」
と。空力性能はSL7よりもVENGEが優れている。紛れもない事実だ。ただVENGEを6.8kgにするためには苦労する。それゆえ、「箱出し6.8kg」のTARMAC SL7は意味がある。あれこれパーツの重量を調べる手間が省けるからだ。
とはいえ、「軽さ」「エアロ」という2つのポイントに絞り合理的な分別をするのならば、SL7の魅力はそれほど多いとは言えない。TARMAC SL7はSL6よりも重くVENGEよりも空力性能が劣る「どっちつかずのバイク」だ。単純な物理法則に則った優劣をつけるのならば、6.8kgのVENGEが優れていると言える。
ただし、乗った好みはまた別の話なのだが。
消えるべきVENGE
VENGEは”いったん”消える必要があった。それは、SL7の登場が理由じゃない。
不確定情報、かつゴシップの領域を出ない話題だが、もうしばらくするとSPECIALIZEDからまたエアロロードが登場するのではないかと噂されている。そのバイクとは、UCIのルールに沿わない史上最速のエアロロードになるのでは?というのがもっぱらのうわさだ。
UCIはこれまでチューブの形状に関するルールとして幅と太さが3:1以下になることを義務付けてきた。しかし、3:1ルールが撤廃されチューブの設計自由度が大幅に増した。しかし、3:1ルールが撤廃されたものの色濃く残っている問題がある。フレームチューブを8cmのボックスに収める設計だ。
そのため、UCIルールに準拠したバイクを設計する場合、たとえばフレーム前三角をすべて埋めて帆のようにすることは禁止されている。基本的にルールは同じだが、表現や言葉の言い回しが異なっているだけだ。SHIVにはUCIのルールに準拠したSHIV TTと、UCI規定に縛られないSHIV TRIがある。SHIV TRIの帆は見るからにUCIのレギュレーション違反だが、UCIのルール外のレースであれば使用することが可能だ。
噂されるVENGE(のようなもの)は、史上最速のロードバイクとして今後登場する可能性がある。母数で言えばUCIのレースに出場”しない”ライダーのほうが多いわけで、あえてUCI準拠する必要はない。プロ選手が使用しないという点について、プロモーション的にはNGだが「地球上で最も速いエアロロードバイク」というキャッチフレーズも使用できる。
SL7に追いやられた復讐のために、バイクのモデル名は「REVENGE(リベンジ)」なんてどうだろう。いや、英語圏の場合は「REVENGE」よりも、”正義の名の下に制裁を下し仇を討つ”というニュアンスの「AVENGE」のほうが聞こえが良さそうだ。ここまでの内容はもちろん私の勝手な妄想なのだが。
もしかしたら、今後はこのようなストーリーが用意されており、そのプロモーションの一環でVENGEはいったん消されてしまったのではないか、という見方をしている。まぁ、普通にVENGEという名前で登場する可能性のほうが高いかもしれない。
SL6にRapideCLXとAEROFLY2を使えない理由
VENGEのローンチと比べて、SL7で発表したデータにやや違和感を感じた。
SL6とSL7にRapideCLXとAEROFLY2をそれぞれ使用た場合の比較したデータがなかったことだ。これは意地悪な指摘なのだが、VENGEのローンチでも散々言われてきたように「フレームをエアロ化するよりもハンドルをエアロ化するほうが空力性能の向上が見込める」のである。このような事実をはっきりという開発者が在籍するSPECIALIZEDはやはり素晴らしいと思う。
ただ、プロモーションの一環としては「SL6はSL7よりも優れている」という事実を出す必要がある。その際は、新製品のSL7にできるだけ空力性能が優れた機材をアッセンブルして、あたかも新型フレーム(空力性能はそこまで向上していない)が大幅な性能向上を果たしたという都合の良いデータを作り出す必要がある。
今回のSL7の空力性能の向上の大部分を支えているのは、VENGEで採用されていたAEROFLY2と新型のRapideCLXによるところが大きい。
良いか、悪いかは別として、細かい機材の初期条件まで気にしないライダーを丸め込むにはちょうどいいデータだった。このアプローチはTREKも同じだった。Emondaの記事でも記したが、Emondaはハンドルがエアロ化した。ホイールもアイオロス37になりエアロダイナミクスは大幅に向上した(ようにみえた)。
重量もそうだ。TREK MADONEはOCLV800になって完成車重量で見ると大幅な減量を果たした。しかし、フレーム単体で見ると80gの減量だ。とはいえ、TREK MADONEが素晴らしいところはBBをT47にして重量増という問題を抱えつつも80gの減量にとどめているという点だ。その点は評価すべきである。
SL6にRapideCLXとAEROFLY2を使用したデータがあれば一番納得できる。しかし、実際のところわずかな差しか生じない可能性がある(もしも、大幅な向上が見込めればデータとして出せたはずだ)。もしも、SL6とSL7の性能差がそこまでなければ、SL7よりも軽いSL6で良いじゃないか、SL7よりも空力性能が高いVENGEで良いじゃないかという話になる。
それはまずい。
という前置きをしつつ、いったんTARMAC SL7の発表で市場が湧いているときだからこそいったん冷静になって、VeloNewsの有名な記事「Buying Time: Which Aero Equipment Offers the Most Benefits?」を恐る恐る確認してみた。フレームは空力性能の改善が最も見込めない機材だ。そして、対して最も費用対効果が悪い機材である。
これらを踏まえた上で、忖度なく魅力的ではない事実を書いておくと、フレームという機材はエアロダイナミクス観点から見ると「費用対効果がそれほど見込めない機材」であり「最も投資しがいの”ない”機材」である。一方、立場を変えてショップとメーカーの目線で考えると、フレームは最も利益が見込める「ドル箱機材」だ。
パッケージングした完成車ならなおさらなわけで。
残念ながらユーザーから見た場合、フレームとは「費用対効果がそれほど見込めない機材」にほかならない。しかし、ショップからすると「最も売りたい機材」である。とすると、売る側はあの手この手でフレームをよく見せるための方法を模索し躍起になる。SL6に「RapideCLX」と「AEROFLY2」を組み合わせなかった理由はここにあるのではないか。
新型のフレームが微妙な改善であれば、誰もが落胆することだろう。そういう意味では、別の場所に目をそらせるような、誰にでもわかりやすいデータを出してくれたSPECIALIZEDに感謝せねばならない。
VENGEのローンチの際は以下のデータが公開されていた。TARMAC SL6(ROVAL CLX64 – AEROFLY2)、VENGE(ROVAL CLX64 – AEROFLY2)という比較だ。このデータは非常に紳士的かつ重要な内容を含んでいる。エアロダイナミクスに優れたハンドルとホイールを用いることでデータに顕著な違いをもたらしている。
SL7の発表で同じようなデータが公開されるものと期待していたが、そうはならなかった。SL7とRAPIDE CLXの組み合わせはどの位置に来るのかといえば、TARMAC SL6(ROVAL CLX64 – AEROFLY2)の組み合わせに近いデータになるのではないか。実際のデータが出ているわけではないので憶測の域からはでない。
ユーザーは本来「速く走るための投資」を賢く判断し、資金を投じるはずだ。SL6のユーザーはフレームに60万円を投じるのではなく、RapideCLXやAEROFLY2に機材を変えてみてはどうだろう。そのほうが「費用対エアロダイナミクス効果」は高まりそうなはずだが。
TARMAC SL6というバイク
TARMAC SL6というバイクは一体何者だったのだろうか。実際にリムブレーキ式とディスクブレーキ式それぞれのTARMAC SL6に乗っていた。ひとつ言えることはすでにSL6はディスクブレーキ専用設計だった。いわゆるリムブレーキ版の使い回しではない。したがって、リムブレーキ式TARMACとディスクブレーキ式TARMACは全く別のフレームだ。
TARMAC SL6はゼロからディスクブレーキモデルの開発を行った記念すべきモデルだ。だからこそ、今回のSL6はリムブレーキ式のTARMACと比較することができない。純粋な比較はディスクブレーキ式のTARMACとの比較になる。
TARMAC SL6の開発の要はエアロダイナミクスでも軽量化でもなかった。結果的に軽いフレームが出来上がったが、ライダーファーストエンジニアードの設計をどう高めるかにあった。当時は、ディスクブレーキ化によってフレーム重量が増すことが問題だった。そして、スルーアクスル化による過度の剛性が問題になっていた。
それらを勘案し、これまでSPECIALIZEDがリムブレーキのTARMACで培ったハンドリング性能や乗り味を再現するために、ディスクブレーキ版のTARMACではライダーファーストエンジニアードが要になった。
リムブレーキ式とディスクブレーキ式ではジオメトリも全く異なっている。特に乗り心地に影響を及ぼすチェーンステー長に違いがある。TARMACのリムブレーキ版は各サイズごとに長さが違っていた。リムブレーキ式ロードバイクフレームのチェーンステー長は405mmという魔法の数字が存在していた。
たいていのメーカーは405mmのチェーンステー長をしようしていたが、TIME、COLNAGO、DEROSA、BHというブランドは398mmや402mmという「詰めたチェーンステー長」を採用していた。チェーンステー長は「かかり」に大きな影響を及ぼす。というのもトラック用のフレームを持っている方なら既知の事実であるがチェーンステーは380mmなんてものが普通だ。
そしてTTバイクもおなじだ。チェーンステー長の長短の特性を簡単に表す方法として、小学校時代の遊びでプラスチック定規を机に固定して、勢い良くはじく遊びをイメージするといい。プラスチック定規が机から長く飛び出ていれば、小さな力で曲がり、反発も緩やかだ。対して、短いと曲げる際に力を要し、さらに反発も強い。
実際のチェーンステーにはさらに複雑な力がかかっている。簡単な一例であるが、たとえばシクロクロスバイクには現在でも425mmという魔法の数字がある。MTBバイクはクロスカントリー用のバイクになればなるほどチェーンステー長が短く詰まっていく。オールマウンテンやダウンヒルバイクになるとチェーンステー長は長くなっていく。
TARMAC SL6 DISCはひとつの名作だと思う。ディスクロードバイクの過渡期の製品でありながら、軽さのアドバンテージはSL7よりも遥かに上だ。カーボンはFACT 12rだ。フレーム重量の公表値は800g(56サイズ)である。フォークは約338gだ。DURA-ACE Di2完成車は6.65kg(ペダル含まず)とUCI規定の下限を下回る程の重量となっている。
そういや、最近SL7というバイクが発表されたらしいが、重量だけで見るとSL6よりも重いバイクのようだ。
TARMAC SL6もSPECIALIZEDのウィンドトンネルで解析が行われている。D形状はシートポストにも採用されているとおり、Emondaとは異なり丸パイプではない。当時はVENGEの存在が大きかったため、それほどエアロダイナミクスに特化した印象はなかったが、ダウンチューブもD形状であり少なからずエアロダイナミクスを意識した設計だった。
バイクの乗り味は、明確に違う。TARMACはVENGEと全く異なるバイクである。フレーム以外すべて統一して乗るとよくわかる。VENGEは入力の粒度が多少雑でも進むバイクだ。対してTARMACは入力回数の粒度が細かいほうが進む。私の苦手なタイプのフレームだ。逆に同じチームの松木選手や天野選手の場合はTARMACが合うようだ。
この2人が乗ったVENGEに共通している印象は、VENGEはもっさりしているということだった。TARMACの特徴を、質の低い記事の書き方を真似すると、「キビキビ動く機動性の高いフレーム」である。それでも、TARMAC SL6が一気に時代に遅れになることはならない。
SL6のもともとの性能は高い。それゆえ、フレームだけSL7に変えたところでわずかなエアロダイナミクス性能の向上は確実に見込めるものの、SL6ユーザーが60万円を投資して得られるリターンとしては魅力を感じない。正直、投資に見合わない性能向上だと思う。速さを純粋に求める投資先としては、「SL7よりも軽いSL6」を使用してRapideCLXとAEROFLY2を買ったほうが賢い。
ただ、ここまでの話は純粋に「速さ」だけにこだわった視野の狭い話である。TARMAC SL7はBBがBSA化し、ケーブル類も内装化しすっきりとした印象になった。見た目も、ジオメトリも、あらゆる部分の完成度が増した。エアロダイナミクスも(ハンドルとホイールのおかげで)総合的にはSL6よりも向上している。
ここまでは、既存のユーザーとして他人事のようにSL7を捉えてきた。過剰な期待をせず、単純に比較しただけだ。絶賛されているTARMAC SL7であるが、実際に乗るとどうなのか。「硬い」と言われている理由はいったいどのような理由から生じているのか。次回の記事は、完結編としてインプレッションをお送りする。
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