VENGEのローンチの際に一度お会いしたことがある、Tarmac SL7の開発責任者キャメロンさんから貴重なお話を直接伺った。VENGEの発表から数年が経過した。当時、最新鋭のバイクだったVENGEを自らの手で廃盤に追いやった意図はどこにあるのだろう。そして、改善点や設計の意図とは。
今回は、Tamac SL7の「7」にちなんで、7つの質問にTarmac SL7の開発責任者キャメロンさんが直接回答してくださるというスペシャルな記事をお届けします。
Tarmac SL7の剛性の目標と設計
Tarmac SL7の剛性の目標と設計について教えてください。Tarmac SL7は、良い意味で程よい剛性感を感じました。ありふれた表現をすると「マイルド」な剛性です。世間で言われているようなライダーを跳ね返すような激しい剛性の高さは感じませんでした。「VENGEより少し硬めかなぁ」というのが、乗り込み終わった率直な印象と感想です。また、Tarmac SL6よりは適度に剛性を落としていると感じました。
剛性のターゲットはもちろん一概には言えませんが、VengeとTarmac SL6の間になっています。Tarmac SL7は、SL6とVengeの開発経験とプロライダーからのフィードバックによって作られています。
以下、回答に対する考察。
機材は相対評価だ。SL7を厳密に評価するためフレーム以外の機材をVENGEからすべて載せ替えている。そのうえで自分自身の感覚がどれほど正しいのかを確認するためには良い機会だった。自分自身がインプレッションで感じていた剛性感と、キャメロンさんが設計した数値上の絶対値としての剛性はリンクしていた。人間の感覚はとてもあいまいだが、おおきく外れてはいない。
SL7の特色は、SL6の後継機というよりもVENGEの延長線上にある、という脚あたりだった。SL6のような硬さを感じることもなかった。どちらかというと、VENGEに似たフレーム特性があった。しかし、忘れてはならない重要なことは、Tarmac SL7は「数値としての剛性」を優先したわけではなかったということである。
「VENGEが剛性値 100N/m、SL6が120N/mなのでSL7は間をとって110N/mにしましょう。」
というような、数値ベースの開発が土台にあるわけではない。プロライダーからのフィードバックによって、フレームの剛性チューニングが施されていった。結果的にVENGEとSL6の間の剛性に落ちついた、というとらえ方のほうが適切だといえる。
もしも、プロライダーのフィードバックがもっとスパルタンなフレームを要求していたのならば、当然SL6よりも剛性が高いフレームが誕生していたはずだ。スペシャライズドの技術力があれば、そのようなフレームを作ることは十分可能である。
ライダーファーストエンジニアードが提唱するように、フレームサイズ毎にフレームを操るライダーの身長、体重は異なる。ということは、生み出すパワーも異なる。結果的にフレームに求められる剛性感もサイズ毎に異なる。そのうえで、闇雲に高剛性を求めるのではなくライダーが最も望む剛性を導き出したのがSL7というフレームの設計思想だといえる。
以下は実際に行われた新型VENGEをどう感じたのかのテスト結果だ。
剛性面の設計は、数値データーとライダーの意見を総合的に判断して製品に反映しているそうだ。スペシャライズドでは数値データーをそのまま製品に押し付けず、最終的にはテストライダーが良いと感じる乗り味を採用している。そして感覚と数値上の違いを突き詰める研究もおこなわれている。
下り性能が高い理由
Tarmac SL7で進化を最も感じたのは下りの性能です。Tarmac SL7は明らかに下りが楽しい。そしてライン取りが思い通りになるため単純にVENGEよりも速く下れます。具体的には路面のグリップ感が明瞭になり、ライダーの意のままに狙ったライン取りができました。VENGEにはなかった感覚なので「楽しい」と感じています。このように、ライダーが実際に違いを感じられる操作性の良さは、どのようなチューニングを施した結果なのでしょうか。
重要なことは、フロントとリアの「剛性バランスを調整すること」です。快適性と反応のバランスをとることで、全体的な「ライドクオリティ」を向上させることを目的に開発を行いました。Vengeと比較してSL7のほうが下りで安定して楽しいと感じられたのはその恩恵だと思います。また、Vengeと比較するとTarmac SL7はFACT12Rという、高性能かつ高価格な素材と製法を使っています。そして、Tarmac SL6、Vengeを開発してきた経験と、プロライダーからのフィードバックにより、プロライダーが求める反応性の高いペダリングフィールを実現しています。
以下、回答に対する考察。
Tarmac SL7を購入して、最もよかったと思っている性能の一つに独特の下りの速さがある。単純なエアロダイナミクス性能だけで話をするのならばVENGEのほうが速いはずだ。しかし実際にはそう簡単な話ではない。Tarmac SL7は脳内でイメージしたライン通りにバイクが素直に動いてくれる。
VENGEはどれだけ乗り込んでもアンダーステアの感覚が抜けなかった(ライダーのテクニックにもよるが)。SL7は純粋なニュートラルステアだ。本当に下りが楽しい。SL7のインプレッションでも書いた通り、カービングスキーが登場した時の衝撃と似ている。自分が思い描いた通りのライン取りで高いグリップを保ちながらレールの上を走るような綺麗なシュプールを描く。
SL7はフロントとリアの剛性バランスを調整したというが、フロントが入り込んでいく感覚とリアタイヤから抜けていく内輪差がイメージしやすい。これはシクロクロスのバイクがそうであるように、「フロントタイヤが通ったラインがこの位置ならば、リアタイヤの内輪差はこれぐらい」という、はっきりとした体の理解がある。
バイク自体の速さはVENGEのほうが上かもしれない。しかし、下りという局面においてはバイクを意のままに操れるSL7のほうが速い。それはライダーの恐怖心も十分に影響してくる下りだからこそ生じる興味深いバイク性能差である。
BSAに原点回帰した理由
長らく続いていたOSBBを廃止し、BSAに原点回帰した理由を教えてください。
VENGEのローンチの際に「OSBBからスレッド式に戻してほしい」と筆者からも直接お話していたことがあったため、Tarmac SL7の改良はとてもうれしく思っています。
UCIの重量制限をクリアできるのであれば、メンテナンス性がよく、互換性もあり、性能が良いBSAを使用しない手はありませんでした。VengeとTarmac SL7はBB内の形状にも違いがあります。BSAを採用したことによって、BB付近に不要なカーボンマテリアルを減らすことができました。そして、フレーム重量を削減することができました。全体で見るとフレームの重量増はわずかです。
以下、回答に対する考察。
手放しで喜びたいのは、BBがスレッド式(ねじ式)に回帰したことだ。確かに、OSBBはフレーム重量を軽くできる。当時としては画期的な構造だった。ほとんどのブランドがつい最近まで圧入式のBBを使用していたわけだが、どう考えてもユーザーやメカニックは納得していなかったはずだ。
TREKがT47を採用し、スペシャライズドはBSAという伝統的かつ最も広く普及している規格に戻った。T47を採用しなかった理由は定かではないが既にこなれた(枯れた)規格であるがゆえ、BBを製造するメーカーにとっても、ノウハウを持っているメカニックも受け入れやすい仕様といえる。
TARMAC SL7でBBをスレッド式を採用し、かつ重量抑えられたことは非常に大きいといえる。実際のBB付近を確認すると、OSBB時代に採用していたベアリング受け土台にねじ山を切ったような構造をしている。SL3はBSA用のアルミスリーブが丸ごと入っていた。このままではBB付近の重量がかさみ、フレーム重量は増してしまう。
SL7はBBまわりの構造を極限までシェイプアップしている。それでいて、強度的な面も不安はない。BSAを採用したというだけでも、TARMAC SL7を選択するという価値は十分にある。
Vengeの今後
世界的にみると例外かもしれませんが、VENGEは日本で非常に人気のあるバイクです。VENGEを今でもほしい人が大勢います。VENGEがまた登場する日は訪れるのでしょうか。avengeとか・・・。
Vengeの復活の計画はありません。UCIの重量制限が変わらない限り、Tarmac SL7はプロライダーが使う(ルーベなどの特殊レースを除く)唯一のバイクです。スペシャライズドが考える最高のレースバイクがTarmac SL7なのです。
以下、回答に対する考察。
私が最も聞きたかったことだ。VENGEを廃盤にしてまでSL7というバイクを作る必要があったのか。TARMAC SL7の発表から随分と時間が経過した。時間とともに、SL7というバイクに対して、一歩下がってみることができるようになってきた。その上でTARMAC SL7というバイクに一本化したことは合理的な判断だったのかもしれない。
スペシャライズドは常にトップを走るブランドだ。現行のVENGEが登場した時に「リムブレーキモデルのラインナップはない」というアナウンスに対して多くのサイクリストたちが反発した。ただ、現状はどうだろう。今となっては、ディスクロードが受け入れられないほうが少数だ。そして、いつしかリムブレーキモデルは「旧世代のバイク」になってしまった。
いわば、スペシャライズドは先を進みすぎていたのだ。
そのうえでTARMAC SL7の一本化と、VENGEの廃盤である。スペシャライズドが下した結論は今はまだサイクリストたちに受け入れられていないかもしれない。しかし、実際にSL7という一つの完成系のバイクに乗り込むとVENGEが存在する意味と理由は次第に薄れてくる。6.8KGのVENGEを作るほうが賢い選択か。答えは、ノーだ。
Tarmac SL7に適したホイール
VENGEのローンチの際もお聞きしましたが、バイクはトータルパッケージが重要だと思っています。Tarmac SL7はRapide CLXに最適化するように設計されているのでしょうか。
Tarmac SL7はRapideに最適化するように開発しています。
以下、回答に対する考察。
単純にRapide CLXというホイールの挙動やリム重量が好きになれない。走りを考えてもCLX50が良い。単純に外周重量の重さが気になる。確かに空力性能に優れているかもしれないが、それでも使った感触はCLX50がいい。ホイールは好き嫌いがある。キャメロンさんが求める最高のパフォーマンスを引き出すためにはRapide CLXかもしれない。
それでも自分が使ったうえで感じることは、TARMAC SL7にはCLX50が合う。
CLX50とRapide CLXについて
開幕したプロレースでRoval CLX50を使用している選手がほとんどです。スペシャライズドがサポートしているチームは、選手が好きな機材を使用して走れるという自由度の高さが知られています。そのうえで最新のRapide CLXではなくRoval CLX50を使用しているのは何か意図があるのでしょうか。
プロライダーがCLX50を今でも使っている理由は、チューブラータイヤを使用するためです。ただ、性能でいうとクリンチャーが勝るのは間違いないです。そして、今後Rapide CLXのチューブラーバージョンがプロ用に開発されることはありません。
以下、回答に対する考察。
(わたし)めっちゃ貴重な1次情報やw
しかし、世界最大のロードレースであるツール・ド・フランスで蓋を開けてみればどうだろう。クイックステップやサガンが使用するバイクに投入されているホイールは、Rapide CLXやアルピニストだ。好きな機材を使用しても良いと言われているスペシャライズドサポートの選手が、自らクリンチャータイヤを選択しているのだ。
確かに、チューブラータイヤはパンクした際に空気が緩やかに抜ける。そのため、安全面を考慮してチューブラータイヤを使用するプロ選手は多い。ただ、性能面で話をするとキャメロンさんが回答している通りチューブラータイヤはクリンチャータイヤやチューブレスタイヤよりも転がり抵抗は劣る。
プロ選手は保守的な思想や考え方をすると言われているが、タイヤは特にそうだ。いまだチューブラータイヤを好んで使用する選手は多い。とはいえ、スペシャライズドのように実験データーを元に「明らかに速い」という事実を広められれば、より多くの選手たちが最新のクリンチャーホイールを使うようになるのだろう。
フレーム重量の違い
最後の7つ目の質問です。Tarmac SL7はサイズが小さいほど軽いフレームになる傾向が見られます。SL6やVENGEとは違う傾向です。Tarmac SL7がこのような傾向なのは設計上に何らかの違いがあるのでしょうか。
今までのTarmac SL6、Vengeの経験から、SL7はフレームサイズごとにカーボンのレイアップをより細かく設計することができています。そのため、小さなサイズのフレームは標準の56サイズよりも軽量に仕上がるようになりました。
以下、回答に対する考察。
フレームは出来上がってしまえば形として存在する。しかし、形として完成するまでの工程で何が起こっているのかについては、私たちが知りえることはできない。それでも、フレームを作るためには何百パターンにも及ぶカーボンのシートをどの位置に配置するのかによって、フレームの性質、重量、剛性が変わってくることは明らかだ。
さらに、カーボンとカーボンの間の隙間をどのように減らすかといった製造上のノウハウにも左右される。そのうえで、SL6とVENGEの開発ノウハウをもとにTARMAC SL7はもう一歩踏み込んだ最適化がなされている。カーボンシートの配置が最適化されたことによって、小さなサイズは軽く仕上がるようになったという一つの傾向が表れている。
表向きは「SL6の軽さとVENGEのエアロ性能の融合」であるものの、それ以外の製造方法についても良いとこどりをしたのがSL7というバイクだ。
おまけ:チューブレスタイヤはどこへ
一時期、スペシャライズドはチューブレスタイヤをプッシュしていたと思います。今後もその計画は継続するのでしょうか。
チューブレスが未来であることは変わりません。そして、プロライダーのためにどのようなプロダクトを作るかというのは、改めて開発中です。
以下、回答に対する考察。
あれほどプッシュしていたチューブレス対応を一気に方向転換したのはどのような理由があったのか。全容は見えてこないものの、何か技術的、規格上の問題、構造上の問題があったのかもしれない。しかし、チューブレスが未来であることは変わらないという明確な大方針には変わりないようだ。
まとめ:Tarmac SL7を見つめなおす
実際にキャメロンさんから話を伺うと、TARMAC SL7に関する様々な改良点が見えてくる。下りの性能のように全面的に納得することもあれば、ホイールのRapide CLXよりもやはりCLX50のほうが良かったりするように、ライダーによって受け取り方は様々だと思う。
それでも、SL7はディスクロードバイクの一つの完成系であることは間違いない。私は「6.8KgのVENGEがあれば十分じゃないか」と思っていたが、重量以外のバイクの操作性や挙動面、BSAを採用したメンテナンス面に多大なメリットを感じている。それでも、60万円をこえるフレーム価格設定で強気であるが、ハイエンドのカーボンや開発コストなどを考えると妥当なのかもしれない。
「SL7を買っておけばハズレはない。」という状況は当面続きそうだ。
エイ出版社 (2020-08-20T00:00:01Z)
¥1,000