大ギアはなぜ効率が良いのか。
シマノがリリースした新型DURA-ACE R9200のチェーンリングのラインナップに、「54-40T」という大ギアが登場した。シマノの販売店向けカタログの説明にも「最高効率」とある。実際に、フロントチェーンリングに大きなギアを使用するとフリクションロスを(小ギアと比べて)低減できるデーターは数多くある。
その中でも、CeramicSpeed社の最高技術責任者であるJason Smith氏がギアの大小の組み合わせによって、チェーンの摩擦抵抗が変化するという実験結果を公開している。
実験では、「チェーンのたすき掛けによる摩擦抵抗」と、チェーンがチェーンリングやスプロケット(コグ)に巻き付くことによる「チェーンの折れ曲がり」で生じる摩擦抵抗の2つを検証する手法が用いられた。
これら2つの摩擦抵抗を確認するために、チェーンリングとスプロケット(コグ)を一直線にした状態で摩擦試験がおこなわれた。この摩擦損失の基準をもとに、総摩擦損失からギアをたすき掛けにしたドライブトレインの摩擦損失を差し引きし損失量を導き出している。
- たすきがけによる摩擦抵抗
- 折れ曲がりによる摩擦抵抗
今回の記事は54-40Tのような大ギアはなぜ摩擦抵抗が小さいのか、そしてアマチュアライダーにこれらの大ギアが本当に必要なのかを見ていく。
チェーンのたすき掛けと摩擦抵抗
チェーンは横方向のたすき掛けの幅が大きくなるほど、摩擦損失も大きくなっていく。理由の一つとして、チェーンが横方向にたわむと、プレートが互いに擦れ合ってしまい摩擦損失が発生する。これはサイクリストが無意識のうちに感じていることでもあり、実験でもその通りの傾向が認められている。
53/39と11-28のギア構成において、横方向のずれ(たすきがけ)により発生する摩擦損失(ワット)は以下の通りだ。直線的に位置合わせ(53と14、39と17)された状態から左または右にずれたコグの数と、ズレに伴って生じる摩擦損失を示している。
- ずれ1枚:約0.19W
- ずれ2枚:約0.49W
- ずれ3枚:約0.79W
- ずれ4枚:約1.10W
- ずれ5枚:約1.40W
- ずれ6枚:約1.70W
- ずれ7枚:約2.01W
できるだけ摩擦抵抗を小さくすることを考えた場合、「アウター&トップ」という組み合わせは得策ではないようだ。チェーンはできるだけ一直線になるように配置する、というギアの配置を考慮すべきことが必然的に見えてくる。
大ギアを用いる場合、最大ギア比の使用用途を考えて、「ギア比5.0倍を使うシチュエーションが無いから大ギアは使わない」という発想も確かにある。しかし、摩擦抵抗を減らす観点からすると、最も使いたいギア配置(チェーンリングとコグ)を「直線的に配置」することを優先し摩擦抵抗を減らすというアプローチもある。
したがって、SRAMのスプロケットで採用されている極小の10Tを使用することは、フロントチェーンリングを54Tや56Tにして、ワイドレンジ(11-34Tのような)スプロケットを装着するよりも好ましい選択とはいえない(フリクションの観点のみでいえば)。
また、フロントチェーンリング56Tとスプロケット32のギア比1.75は、フロントチェーンリング50Tとスプロケット28のギア比1.78よりも摩擦が小さい結果が出ている。実用的な限界はあるが、56Tと11-36Tの組み合わせは50Tと10-32Tの組み合わせよりもよりも理論的には「最適」なセットアップであるとフリクションの観点からは言える。
このようにチェーンのたすきがけは、チェーンがフロントチェーンリングとスプロケット上で一直線になっていれば摩擦損失が小さいが、横方向に移動するほど摩擦損失が大きくなる。チェーンが横方向に移動するほど、チェーンのプレート同士が擦れて摩擦損失が発生する原因になることがわかる。
チェーンリングの大きさと摩擦抵抗
チェーンの折れ曲がりによる摩擦損失は、チェーンリングやコグの周りでチェーンが曲がった結果発生する。最も重要なこととして、チェーンが「たすき掛けになるほど」折れ曲がりによる損失も相乗効果で大きくなる。
11Tのコグに巻きつく際の摩擦損失と、28Tのコグに巻き付く際の摩擦損失は、前者の11Tのほうが摩擦損失が大きくなる。
横方向にたわんだ(より、たすき掛けになった)チェーンを、折り曲げるためには大きな力が必要になる。そして、曲げれば曲げるほど摩擦による損失が大きくなる。こちらは、チェーンのたわみによる損失よりも直感的にややイメージしにくい摩擦損失といえる。
折れ曲がりによる最も負荷がかかる最悪のシナリオは、最も極端な横方向のたわみの場合よりも摩擦損失が大きくなる。スモールチェーンリングをスモールコグの組み合わせは、大きな摩擦損失が発生する。しかし、ラージチェーンリングからラージコグへのたすき掛けは、小さな摩擦損失で済む。
CeramicSpeed社の実験データーから、39-11のような小フロントチェーンリングと小コグの組み合わせは、「たすき掛けが最大」かつ「折れ曲がりが最大」であり最も摩擦抵抗が大きいことがわかる。チェーンの摩擦抵抗による損失は平均7W前後で、最大の摩擦損失は約10Wにもおよぶ。
この「たった3W」は世界最速のCANYON AEROAD CFRとこれまで世界最速だったCANNONDALE SYSTEMSIXの差を簡単に埋める差であり、その損失がドライブトレインのチェーンの組み合わせ1つで生じていることを考えると「たかがギアの配置」などと侮れない値である。
摩擦損失を考慮した変速
摩擦損失を考慮し、最大限にドライブトレインを活用する場合を考えるとシマノのシンクロナイズドシフトを最大限活用することが望ましい。
たとえば、53/39-11/28の場合を考えてみると53-21(2.52)から53-23(2.30)にシフトダウンするよりも、インナーに変速し39-17(2.29)にシフトダウンするほうが摩擦損失が小さい。摩擦損失とギア比を突き詰めていけば、このポイントが最適な変速ポイントになる。
シンクロシフトではフロントの操作をおこなわずに、すべての変速をディレイラーまかせにプログラムすることも可能だ。変速のプログラムを組んでおけばSTIのボタンを押しているだけで、最適な変速ポイントでフロントディレイラーごと変速してくれる。
ただし、はじめのうちはフロント変速が予期せぬ時に実行されるため、慣れないうちは使いにくいかもしれない。そのため、すべてお任せではなくフロントディレイラーの変速を支配下に置くためにセミシンクロシフトを使うライダーも多い。
しかし、シマノ12速化に伴いギアの組み合わせは12×2で24通りだ。ハイパーグライドでスムーズな変速ができるという触れ込みがを信じるのならば、すべてディレイラー任せで変速を行うことが最適かもしれない。
空力観点
ここまではチェーンのたすき掛けや折れ曲がりによる摩擦損失にフォーカスしてきたが、SRAMの1Xシステムのようにフロントディレイラーが存在しない場合はエアロダイナミクスが向上することが報告されている。
フロントディレイラーが取り付けられることによって生じるDragは、フレームのデザインとフロントディレイラーの形状で大きく異なることがわかっている。実際に行われた風洞実験のテストの結果によると、フロントディレイラーが取り付けられていることによって平均して約5.0wのパワーロスが生じるという。
シングルビッグギアを用いるという選択は、平坦のTTであれば摩擦損失と空気抵抗を減らすばかりではなくメカニカルトラブルがなくなり、変速の手間がなくなる最適なアプローチである可能性が高いといえる。しかし、ロードレースを考えたときに使用するギア比は多数あったほうがいい。登りもあれば、下りもあるのならばなおさらだ。
まとめ:摩擦損失、エアロ、重量、何を選ぶか。
摩擦損失を減らすためにはフロントチェーンリングを大きくしておけ、というのは実験データー上でも正しいといえる。そのうえで、「たすきがけ」と「折れ曲がり」の2つの要素を考えていくと、一概に「たすきがけは抵抗が大きい」といえるわけではない。
小さなチェーンリングと小さなスプロケットのたすきがけは、莫大な摩擦損失が発生する。しかし、大きなチェーンリングと大きなスプロケットのたすきがけは、それよりもはるかに摩擦抵抗が少ないのだ。したがって、ギア構成の組み合わせ、最も使うギア構成次第で答えは無数に存在することになる。
平坦のタイムトライアルであれば、チェーンを直線的に配置できる最大のシングルフロントビッグギアを選択することで摩擦損失は最小限、かつ空力性能も向上するだろう。ロードレースは様々なシチュエーションが考えられる。登り、下りも考慮すると54/40-11/32の選択はあながち間違いではない。
R9200のローンチの際に「54-11というギアはアマチュアは使わない、プロ向けだ。」と自転車界のジャーナリスト達が口をそろえて言っていたが、摩擦損失を最小限にかつドライブトレインの性能を最大限に引き出すことを考えると54/40-11/32(4.90~1.25)は、52/36-11/28(4.72~1.28)に変わる存在なのかもしれない。
ワイドレシオ、クロスレシオの好みや重量増といった別の問題も考慮する必要はある。いずれにせよ、12速化に伴い54/40のトップギアは使うことは無いかもしれないが、最もおいしい「チェーンラインが直線になる部分」を存分に使えるというメリットがある。
私は12速用の54/40のチェーンリングとサードパーティー製品の11-28、シマノ純正11-30、11-32を注文した。大きなギアは摩擦損失が小さいことが分かっているのならば、あとは実際に実践に投入してその使い勝手を試すだけだ。
54/40が最高効率とシマノがカタログに書くほどだ。社内実験でも、CeramicSpeed社の実験結果と同じような内容を把握してのことだろう。12速化に伴い、より大きなギア、より大きなスプロケットという組み合わせがこれからのスタンダートになっていくのかもしれない。
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