ENVEのSES(スマート・エンヴィ・システム)が5年ぶりにリニューアルした。
SESはロード用に空力を追求したエアロカーボンリムとして2013年にリリースされた。手掛けたのは元F1のエンジニアであり、エアロダイナミクススペシャリストのサイモン・スマート氏だ。
リニューアルしたSESは3世代目にあたる。数々の新機能と時代の数歩先を見すえた新型SESは、エアロ性能の向上、軽量化、効率性、そして「Real-World Fast (現実世界での速さ)」を合言葉に4種類のラインナップを揃えた。
新型SESシリーズのアップデートは以下の通り。
- フックレスリム
- 最新ビードシート径規格ETRTO
- さらなる軽量化
- ディスクブレーキオンリー
- チューブレスタイヤオンリー
- 最小タイヤ幅25mm
大きなトピックスとしては、フックレスリム化によるストレートサイドウォール(TSS)と最新ビードシート径規格ETRTOに適合したことだ。そのため、「チューブレスタイヤオンリー」という非常に割り切ったリム設計になっている。
また、最小タイヤ幅はリムハイトによって最適化されており指定がある。以下はシリーズ別の最小タイヤ幅だ。
- SES 2.3:25mm
- SES 3.4:27mm
- SES 4.5:27mm
- SES 6.7:25mm
ロードバイクで使用用途が高い3.4と4.5に限っては、最小タイヤ幅が27mmであるため現在主流の25mmタイヤは使用できない。一昔前までは、25mmは太いと言われていた。しかし、プロレースや各種実験で28mmタイヤの優位性が明らかになり始めており時代合わせた仕様だ。
23mmのタイヤが25mmのタイヤに駆逐されてきたように、いずれ25mmのタイヤも28mmのタイヤに駆逐される日が来るのかもしれない。ENVEは数年先を見越して27mmを最小タイヤ幅とした。
リムプロファイルや仕様に大幅な変更が施されているが、ENVEのリムといえば空力性能だ。ENVEの哲学である「Real-World Fast」がどれほど高められたのか。まずは、ライバルメーカー名指しの興味深い風洞実験結果を確認していこう。
TARMAC SL7を使った風洞実験結果
ENVEはリアルワールドにおける空力性能を追求するため、SPECIALIZED S-WORKS TARMAC SL7とENVE CUSTOM ROADを用いて、SESシリーズの風洞実験を行った。
- 風洞実験施設:メルセデスGPとシルバーストーン・スポーツ・エンジニアリング・ハブ
- 速度域:時速32km、時速48km
- 使用タイヤ:ENVE SES
- バイク1:ENVEカスタムロード、56cm、Di2、SES ARハンドル
- バイク2:S-WORKS TARMAC SL7、56cm、Di2、RAPIDEハンドル
ENVEカスタムロードとSES各シリーズの実験結果(32km/h)は以下の通り。
ENVEカスタムロードを用いた場合、ENVE SES 6.7が特に良い空力性能であることがわかる。旧型SES 7.8よりも空力性能が良い。32km/hの速度域の場合はSES 4.5とSES 6.7の空力性能は同等であり、厳密に言うとYaw角10°の場合はSES 4.5のほうが空力性能が高い結果が出ている。
加重平均計算を行った場合結果は以下のとおりだ。
次は速度域を48km/hにした場合のENVEカスタムロードとSES各シリーズの実験結果だ。
速度域が上がるとSES 7.8の空力性能の高さが目立つ。しかし、SES 6.8の空力性能の差は1W以下にとどまっている。SES 4.5の空力性能は速度が上がっても6.7や7.8に肉薄する性能を備えているのは驚きだ。
ロープロファイルのSES 2.3は速度域が上がるとDragが増加し遅くなる結果が出ている。また、Yaw角15°になるとSES 7.8の25mmタイヤが最も優れた空力性能を示している。
次はお待ちかねのTARMAC SL7と各種ホイールの実験結果(32km/h)だ。
特に空力性能が高いのは、やはりDT SWISS ARC 1100 DICUT 62だ。世界最速のバイクにこぞって採用されているSWISS SIDEが開発した世界最速のホイールだ。
Yaw角によってはENVE 6.7のほうが高い性能を示している。そして、SES 4.5の空力性能もSES 6.7に劣らないばかりか場合によってはDT SWISS ARC 1100 DICUT 62よりも高い空力性能を発揮しているのには驚きだ。
高速域48km/hの場合だ。高速域になると、DT SWISS ARC 1100 DICUT 62やSES 7.8、SES 6.7、SES4.5の空力が高く他社ホイールとの間に大きな差が生じている。現行世界最速といわれているDICUT 62の空力性能が特に優れている結果となった。
ただし、これらの結果は現実世界の風を表しているわけではない。そこで加重平均計算が必要になってくる。
加重平均計算の重要性に関しては、以前実施した風洞実験の際に触れているので記事を参照していただきたい。
上図はTARMAC SL7を用いたSES各種の加重平均計算結果(32km/h)だ。新型SES 6.7SES 7.8の空力性能を上回っている。SES 4.5も7.8に迫る空力性能を備えておりその差は0.2W以内だ。
48km/hの場合はSES 7.8が最も高い空力性能を示す。次いで6.7、4.5という結果だ。6.7と4.5の間には1Wに満たない差が生じているが重量やリムハイトを考えると4.5の性能の高さがうかがえる結果だ。
TARMAC SL7と最新ホイールの加重平均計算結果(32km/h)だ。加重平均計算の結果、これまで世界最速だったDT SWISS ARC 1100 DICUT 62を超える性能をSES 6.7が叩き出した。衝撃的なのは、ベンチマークとして知られているROVAL CLX50がついに空力競争から落ちたことである。
高速域になると性能差が顕著だ。SES 7.8がトップの性能、SES 6.7と続く。DT SWISS ARC 1100 DICUT 62は3位に陥落した。高速域に行けば行くほどディープリムの効果は高まるが、リムハイトが高ければ良いというわけではなく、リムシェイプやタイヤ選定も影響している。
実戦的な速さ
ENVE SESで行われた空力開発は風洞実験だけでなく現実世界に主眼が置かれた。実際にライダーが走る公道、実際のバイク、ライダーが乗る速度域で最も性能が発揮できるホイールが開発された。
その上で前段階で行われた風洞試験は、SESのエアロダイナミクス設計の柱になっている。風洞はENVEが求める「現実の世界」とは異なるが、プロトタイプのコンセプトをテストし、進捗状況を確認するためのコントロールされた環境を提供する貴重な場といえる。
SESの各ホイールは、同セグメントの「世界最速のホイール」になるようバイクに取り付け複数の速度域や、風向きで徹底的に風洞試験が行われた。ENVEのSESは第三者機関のテストで常に上位に食い込む空力性能を持っていることが明らかになっている。
なぜSESは違うのか。SESが他社のホイールと大きく異なっているのはシンプルな理由だ。SESは、他社がやらないような小さなことにこだわり、わずかな利益を追求することに全力を注いでいる。
SESはフレームの開発やライディングテストを行った結果、前輪と後輪の間に独自のリム形状と構造を採用することで、効率と空力性能を最適化できることを突き止めた。現在ではROVAL RAPIDE CLXが前後異なるリムハイトを用いているが、SESは2018年の時点で既に前後異なるリムハイトの設計に行き着いている。
前輪は横風の安定性を最大化するように設計されている。ライダーのバイク上での安定性は、特にタイムトライアルやトライアスロンにおいて、エアロ効率と全体的なパフォーマンスにとって非常に重要な鍵を握っている。
後輪は、バイクの前方から後方に抜ける気流をもう一度捕捉するように設計されており、空気抵抗を最大限に低減する役割がある。
また、空力性能はリムプロファイルだけでは決まらない。ENVEは最新のハイボリュームチューブレスタイヤENVE SES 27mmを中心にエアロダイナミクスを最適化した。リムよりも先に空気に接触するタイヤは、エアロダイナミクスに大きな影響を及ぼす。
aerocoachの実験にもある通り、タイヤ銘柄の違いによって以下の空力性能の差が生じる。
- GP5000:318.7W
- GP5000 TL:318.7W
- Pro ONE TT:317.2W
- Power TT:319.2W
- Corsa Speed:320.1W
ENVE SESは自社開発のチューブレスタイヤENVE SES 27mmとの組み合わせが、最も空力性能を発揮できるようにリムシェイプをチューニングした。また、速度域によってもエアロダイナミクスに違いが生じる。そのため時速32キロ、48キロで最速になるようにチューニングが施された。
そして、現実世界ではすべての風向きが同じではない。風速計のデータによると、ライディング時間のほとんどは、ヨー角12度以下の風が生じるという。そこで加重平均抗力計算を行い、実際の風とライディングの条件におけるホイールセットのエアロ効率が高まるように計算された。
風洞実験と加重平均計算に関しては、筆者自身も実際に行った経験がある。その模様は以下の記事を参照して頂きたい。
見逃せない軽量化
新型SESで見逃せないのがリム重量だ。正直な話、リムハイトを考えると新型SESはどれもとんでもなく軽い。並み居る競合ホイールの中でダントツの軽さと言っていい。この重量には驚いた。SESは素材最適化設計が行われており、余分な素材はすべて排除されている。
リムとして必要なものだけが残っている。チューブレス対応とフックレス化によって、フック部分の素材は不要になった。そして、ディスクブレーキ専用設計でカーボンの積層は薄くなっていると推察できる。SES各シリーズのリム重量は以下の通り。不安になるほど軽い。
- SES 2.3 F (28mm):275g
- SES 2.3 R (32mm):280g
- SES 3.4 F (39mm):370g
- SES 3.4 R (43mm):378g
- SES 4.5 F (50mm):411g
- SES 4.5 R (56mm):415g
- SES 6.7 F (60mm):430g
- SES 6.7 R (67mm):449g
60mmオーバーのリムで430gというのは圧倒的な軽さだ。ROVAL CLX50のリム重量が450g前後という事を考えると恐ろしいほどの軽さである。クラス最軽量のリムということもまんざら嘘ではない。ROVAL ALPINIST CLXのリム重量が330gである事を考えてもSES 2.3は異常な軽さだ。
特にSES 2.3の完成重量は1197gで1200アンダーを達成している。新型SESは重量、エアロ共に兼ね備えた最高レベルのホイールと言えるだろう。
SES ラインナップ
2.3 | 3.4 | 4.5 | 6.7 | |
F高さ(mm) | 28 | 39 | 50 | 60 |
R高さ(mm) | 32 | 43 | 56 | 67 |
F内幅(mm) | 21 | 25 | 25 | 23 |
R内幅(mm) | 21 | 25 | 25 | 30 |
F外幅(mm) | 25 | 32 | 32 | 30 |
R外幅(mm) | 25 | 32 | 32 | 28 |
最適タイヤ幅(mm) | 27 | 29 | 27 | 28 |
最小タイヤ幅(mm) | 25 | 27 | 27 | 25 |
最大空気圧 (bar) | 6.2 | 5.5 | 5.5 | 6.2 |
タイヤ種別 | TL | TL | TL | TL |
TLテープ幅(mm) | 25 | 29 | 29 | 26.5 |
Fリム重量(g) | 275 | 370 | 411 | 430 |
Rリム重量(g) | 280 | 378 | 415 | 449 |
まとめ:速い、軽いはトレンドに
速い、軽いはサイクリング業界のトレンドになりつつある。そして、メーカーは「世界で一番」を目指し続けている。今回の新型ENVE SESは空力性能において最速と言われるDTSWISS ARC 1100よりも優れた性能を示した。
新型SESがさらに優れていたのはリム重量だ。DTSWISS ARC 1100の62mmは非常に重いリムで、リム内幅は21mmと狭い設計にとどまっている。それゆえ、ENVEのカーボン製造技術の高さをあらためて認識する結果となった。
「メイド・イン・ザ・USA」ENVEのリムは、ユタ州オグデンの本社と製造工場でひとつひとつハンドメイドで作られている。15年以上にわたる自社開発と製造により、現代のリムテクノロジーのリーダーとして、今回もその地位を示した。
日本国内の販売は未定だが、新型SESの「チューブレスしばり」「28Cタイヤ以上」という現段階では非常に使用用途が狭いリムは、今後の主流になって行くのかもしれない。