先般の記事「DT Swiss ARC 1100ホイール SWISS SIDEの開発コンセプトでわかった最速ホイールの秘密」では、SWISS SIDEとDTSWISSが協力しAEROホイールの開発を行った模様をお伝えした。
ARC 1100 DICUTホイールセットでは、ホイールを構成するあらゆるコンポーネントの見直しが図られ開発がイチから行われた。AERO+リムの再設計、空力的に最適化された180 DICUT Ratchet EXPハブ、そして2つの改良型エアロスポーク新型AEROLITE2 & AEROCOMP2により、Dragとステアリングモーメントが大幅に低減された。
今回の記事は、AERO+の開発思想を元に製品に落とし込まれた構造面を探っていく。優れたエアロダイナミクスと安全性が高められたステアリング挙動から、圧倒的な優位性を得たARC 1100 DICUTに迫る。
ARCリム
新型ARC1100のリムはすべてが再設計された。AERO+コンセプトの設計思想の元、開発にはトレンドでもあるCFDシミュレーションが用いられた。膨大なCFD解析の結果、ホイールに生じる様々な力がすべて明らかになった。
AERO+コンセプトによって最適化されたリム形状は、空気の流れをより効果的に変えた。リムで発生する空気の剥離抵抗や、リムから空気が離れる際に生じる乱流が最小限になるようリムシェイプが刷新された。この新しいリム形状は向かい風に対して前方に押し出すセーリング効果のメリットもある。
上の画像は、62 mmのARCリムをCFD解析結果だ。空気が流れることによって生じる乱流を最小限にし、リムに沿って空気が進行方向後方にスムーズに流れることを目指している。リムとタイヤの間の境界線で乱流がほとんど生じないため、リムに沿って空気が流れ続けていることがわかる。
このように空気の流れを最適化できた背景には、最適化されたリム形状がある。ディスクブレーキシステム用にリムを最適化したことによってリムシェイプの自由度は大幅に向上した。リムのトレンドは、VシェイプからUシェイプに移り変わっている。
新型ARCのリムは中心部が膨らみ、リム内側に向けて収束するリム形状のUVシェイプを採用している。また、25C以上のワイドタイヤを取り付けられるようにリム内幅は20mmに設定された。リム内幅はタイヤの転がり抵抗を減らす効果がある。
ARC 1100 DICUTの風洞実験結果
ARC1100 DICUTは50mm、62mm、80mmの3つのリムハイトが用意されている。これらAERO+リムプロファイルを搭載したARCホイールは、どれも向かい風では同様の性能を発揮する。しかし、横風の角度が変わるとそれぞれのホイールに違いが生じる。
リムハイトが高くなり、横風の角度が大きくなっていくほど推進力が高まっていく傾向にある。
Dragとリム高さには相関関係がある。向かい風の条件下ではすべてのARCホイールがおよそ13~14ワットのDragを示している。対して18°のヨー角条件下では、80mmは約-7ワットの最大セーリング効果を発揮する。
62mmでも同様に、約-3ワットのセーリング効果を発揮する。50mmでは、15°に向かってDragが低下しているがセーリング効果は見込めない。ただし、重量は200gほど軽量化されているためオールラウンドホイールとしての用途としては十分な性能を備えているといっていい。
しかし、ディープリムが空力性能が優れていたとしても横風にあおられてコントロールを失ってしまっては意味がない。ARCホイールは、横風にあおられにくい性能も備えている。不意な横風でフロントホイールがあおられることがあるが、これは横力(ステアリングモーメント)によるものだ。
リム高さとステアリングモーメントは相関関係がある。リム高さに比例してステアリングモーメントは高まるが、すべてのARCホイールはあらゆるヨー角において安定したステアリングモーメントを備えている。
50mmは最も低いステアリングモーメントを示している。±15°においてステアリングモーメントが急激に変化する(あおられる)が、62mmや80mmと相対的に比較しても制御しやすい特性であることがわかる。
80 mmや62 mmであっても、ステアリングモーメントが直線的に安定して増加しているため、ステアリング動作が急激に変化することを防いでいる。
ステアリングモーメントの変化が小さい(より直線的)であるメリットは、安定した制御が可能になるというとだ。ライダーは長時間にわたってエアロポジションを保ち続けられる(余計な操作が不要になる)ことを意味している。
風洞実験におけるDragに関する記事は以下を参照のこと。
「40km/hで○○秒短縮」を算出する方法に関しては以下の記事を参照のこと。
風洞実験におけるテストプロトコルは規定がなく各社が独自のルールで行っている。そのため、加重平均計算の割合をどうするかで他社ホイールよりも優れた性能を見せることもできる、という記事は以下を参照のこと。
競合他社との性能比較
SWISS SIDEは、他社ブランドの製品名を出して明確な比較試験を行うことで有名だ。ARC 1100 DICUTの実験でもその例にもれず、ホイールのベンチマークとなる競合他社製品との比較を行っている。
- ZIPP 303(45mm)
- ZIPP 404 NSW DB(58mm)
- ENVE SES 5.6 (F: 54mm, R:63mm)
実験データーで最も注目すべきは50mmだ。リムハイトが50mmながら、ENVE SES 5.6 (F: 54mm, R:63mm)をしのぐ空力性能を備えている。それでいて重量は軽い。さらにドイツのTOUR誌による風洞実験でもROVAL RAPIDE CLX(F:51mm, R:60mm)よりも優れた空力性能を備えていることが判明している。
SWISS SIDEが行った風洞実験データによると、向かい風条件でDragが最も低くなることがみてとれる。そして、加重平均計算後のDrag性能は10.5ワットだ。SWISS SIDEによれば、50mmリムハイトにおけるすべての競合他社製品のホイールにおいて最も優れた空力性能を備えているという。
いわば、「50mm(51mmも含む)カテゴリ最速」ということだ。
では、62mmはどうだろうか。あらゆるヨー角で競合他社製品をしのぐ空力性能を備えていることがわかる。競合他社に対して最大で2ワットの差がある。62mmの加重平均計算後のDrag性能は8.9ワットと極めて低い。
80mmはARCホイールの中でも最高のセーリング効果を発揮する。競合他社でも同様にヨー角が増せばDragが低下しているが、マイナス方向(セーリング効果が見込める)にはDragの範囲には到達していない。対してARC80は、最大-7*ワットのセーリング効果によってサイクリストを前方に押している。
すべてのDragの数値は45km/時で見積もられている。
新型AEROLITE2 & AEROCOMP2スポーク
新型ARCホイールで最大の注目ポイントはスポークだ。DTSWISSはARCホイールのためだけにスポークを開発した。新たに開発された「DT aerolite II」と「DT aero comp II」は部品売りはおろか、他社ホイールに一切採用されていない。
いわば、”新型ARCのためだけに作られた”特別なスポークだ。それぞれの新型スポークは、スポークが空気をかき回す際に発生する空気抵抗を最適化することを目的に設計された。DT aerolite IIおよびDT aero comp IIを用いることで回転中のDragは最大1.1ワット低減された。
DT aerolite IIおよびDT aero comp IIともにスポークの材料自体が見直された。展伸鍛錬工程の間により大きく材料が圧縮されているため引張強度も大幅に高められている。それぞれのスポークの特徴は以下の通り。
- DT AEROLITE II:DT aerolite比較で幅が35 %ワイド化。厚みは23 %薄い設計。
- DT AERO COMP II:横剛性が向上。
DT AEROLITEはROVAL CLXやBONTRAGER RSLといったハイエンドホイールに使用されているものだ。しかし、ARCに採用されている新型はさらに性能が高められている。どれほど性能が向上したかというデーターもSWISS SIDEによって実験が行われた。
AEROLITE IIとAERO COMP IIの空力データー
SWISS SIDEによるスポークの空力性能を確認する実験では、ARC 1100に使用されているAEROLITE II&AERO COMP IIとAERO COMP(無印)の比較が行われた。さらに3種類のリムハイト(50mm, 62mm, 80mm)における差異も考慮し、実験が行われている。
リムハイト別に実験を行った理由として、リムが低くなるほどスポークが長くなり、リムが高くなるほどスポークが短くなる。この物理的な特徴が原因で、回転中のDragに影響を及ぼすことがわかっているためだ。
実験結果を確認すると、DT aerolite IIとDT aero comp IIの新しいエアロ形状は、回転Dragと並進Drag(図に示す)を大きく低減させていることがよくわかる。
- ARC 1100 DICUT 50:ARC 1400 DICUT比 -1.1W低減
- ARC 1100 DICUT 62:ARC 1400 DICUT比 -0.9W低減
- ARC 1100 DICUT 80:ARC 1400 DICUT比 -0.8W低減
新型スポークを採用したことによって、大幅な空力性能の改善が見込めるのはARC 1100 DICUT 50だ。スポーク長が62や80よりも長いためDragが発生しやすいことがわかる。このスポークを使用できるのは、ARC1100だけだ。新スポークはとても太く重量面も気になるところではあるが、が空力性能は非常に優れているといえる。
DT180EXPハブ&SINCセラミックベアリング
ARC 1100には、DTSWISS社の最高峰ハブであるDT180EXPとSINCセラミックベアリングが採用されている。既製品で単体購入ができるDT180EXPとは一線を画しており、ハブボディの形状をギリギリまで縮小することでエアロダイナミクスを改善した独自開発のハブだ。
空力性能を高めるために細くなったハブボディや細部の肉抜きの結果、DT180EXP DICUTハブの重量は前作よりも11 g軽量化されている。そして、Ratchet EXPシステムや低摩擦性のSINCセラミックベアリングによって、ハイエンドハブとしての価値を最大限に高めている。
DTSWISS社にハブを単体販売できないか確認を取ったところ、そのような予定は一切ないという。ARC 1100に採用されているスポークはおろか、180EXPのハブもARC 1100専用なのだ。
まとめ:クラス最高性能を達成したホイール
後半の記事は、DTSWISSとSWISS SIDEがAERO+コンセプトを製品にどのような形で落とし込んだかについて探った。いわば、製品として具現化する産みの苦しみの部分だ。これらは設計思想を元に形を変え、1つの最速のホイールとして完成した。
それらを達成するためのアプローチは、DTSWISSの強みであるハブとスポークを全く新しくアップデートすることだった。そしてSWISS SIDEは、セーリング効果を最大限に高めるリムシェイプを突き止めた。1つ1つの効力を最大限減らす1%積み重ねの結果、他社の競合製品をしのぐ優れた空力性能を備えていることが証明された。
次回の記事は、ARC 1100の50mmと62mmを実際に使用しインプレッションを行った結果をお伝えする。
¥13,480