世界最速のロードバイクの記録があっけなく塗りかえられてしまった。これまで世界最速の座を譲らなかったCANYON AEROAD CFRの記録を破ったの1台ではない。空力性能が優れたバイクが同時に2台登場したのだ。
理由は単純だった。2021年1月にUCIのレギュレーションが変更され、フレームの設計が緩和されたためだ。UCIはフレームのトライアングル形状をより大きく、より薄くすることを許可した。フレームを構成する部品はより薄く、表面積を広く設計できるため、空力性能がいまよりもさらに高められることを示唆している。
規制緩和後のレギュレーションをいち早く取り込み、製品化したブランドは「SIMPLON」と「STORCK」だ。SIMPLONに関しては、2021年9月に当ブログでも紹介した。
しかし、どの世界でも勝者は一人しかいない。「SIMPLON」と「STORCK」どちらが世界最速のバイクを生み出したのか。
風洞実験の記録更新
世界最速の記録を打ち破ったエアロロードバイクは、SIMPLONのPRIDE II(プライドツー)だ。
これまで様々なロードバイクが風洞実験でテストされてきたが、リムブレーキやディスクブレーキモデル全てにおいて、最も空気抵抗が小さい(≒速い)バイクであることが明らかになった。次いでSTORCKのAerfast.4 Pro Discだった。
SIMPLON PRIDE IIの空力性能は、時速45kmで199Wしか消費しない。並みいる大手ブランドよりも圧倒的に優れた空力性能を備えている。これまでテストされたエアロロード上位TOP10は以下の通りだ。
- SIMPLON PRIDE II Disc:199 W
- STORCK Aerfast.4 Pro Disc:201 W
- CANYON Aeoad CFR Disc:202 W
- CANNONDALE SystemSix Disc:203 W
- CERVELO S5 Disc:205 W
- FACTOR One:206 W
- SPECIALIZED S-Works Venge Disc:208 W
- CANYON Aeroad CF SL Disc:208 W
- PINARELLO Dogma F Disc:208 W
- SPECIALIZED S-Works Tarmac SL7 Disc:210 W
- BMC Timemachine 01:210W
もはや、「リムブレーキは空力開発競争の蚊帳の外」という議論はさておき。
CANYON Aeroad CFRを含めたほとんどのバイクは、UCIの旧レギュレーションで設計されている。新型Pinarello DOGMA Fは2021年新UCI規定を見据えて開発されたと言われているが、空力性能はS-WORKS VENGEと同等だった。
SIMPLON PRIDE IIはVENGEはおろか、AEROAD CFRよりも3Wも空力性能が高い。SIMPLON PRIDE IIで特筆すべき空力性能としては、フロントディレイラーを備えているにも関わらずSTORCK Aerfast.4 Pro Disc(フロントシングル)よりも空力性能が高い結果だった。
AeroCoachやTOUR紙の風洞実験によると、フロントディレイラーを取り付けると空力性能が悪化することが明らかになっている(SHIV TTはフロントディレイラーが着いていないことで話題になった)。
STORCK Aerfast.4 Pro Discはシングルドライブとエアロチェーンリングを装着したバイクで201 Wを記録した。しかし、空力に悪影響を与えるフロントディレイラーを装着した場合は、204 Wだった。
204Wという結果は、フロントディレイラーが着いたPRIDE IIより5 W空力性能が劣るばかりか、CANYON Aeoad CFRやCANNONDALE SystemSix(どちらもFD付き)よりも劣る結果だった。
なぜ、PRIDE IIはこれほどまでに優れた空力性能を実現できたのか。その影には、空力開発のプロフェッショナルSWISS SIDE社の存在があった。PRIDE IIやAerfast.4 Proのどちらも、SWISS SIDE社と提携し開発が行われた。開発ではフレームの開発とCFD解析を同社がサポートした。
CANYON AEROAD CFRの開発にも携わったSWISS SIDEと開発のパートナーシップを結んだとあれば、PRIDE IIやAerfast.4 Proの結果も納得できる。
PRIDE IIのフレームに組み込まれた新しいデザインと形状は、いわゆる「セーリング効果」や「ネガティブ・ドラッグ」を生み出す。ヨットのように風を受けてバイクが前に押し出されるようなエアロダイナミクス性能を備えている。
セーリング効果を引き出す設計は、CANYON AEROAD CFRの開発でも盛り込まれた。また、先程のTOP3のバイクのどれもが、SWISS SIDE社が開発したDTSWISS ARCを使用している。
SWISS SIDEは空力開発において非常に重要な存在であることは間違いない。同社がイネオスに対して、タイムトライアルやトレインにおける空力面のサポートを行っていることからも、エアロダイナミクスまわりの開発力の高さがうかがえる。
世界最速、次いで2番、3番のバイクはSWISS SIDEが開発協力し、そして同社が生み出したDTSWISS ARCが取り付けられている。
世界最速のバイクの特徴
世界最速、2位のバイクにそれぞれ共通していることはUCIの新レギュレーションによる形状の変化だ。フレームのトライアングル形状をより大きく、より薄くすることを許可した。フレームを構成する部品は、より長く薄くなり剛性さえ担保できれば10mmほどまでシェイプアップできる。
PRIDE IIのフラットなフレーム形状(特にヘッドチューブが極端に細長い)は、横風に乗ってよりよく「帆走」することを可能にしている。そして、CERVELO S5に採用されているステムが2つに分離した一体型ハンドルバーは、前方からの空気をスムーズに後ろに流す効果がある。
PRIDE IIやAerfast.4 Proともにフロントフォークは分厚く、頼りないほどにうすい。S-WORKS SHIVのトライアスロンモデルにも引けを取らない造形だ。特徴的な分厚いフロントフォークは、空力性能を突き詰めた結果なのだろう。特にフロント周りの機材で空気抵抗の増加は無視できない。
CANYON AEROAD CFRはフロントに25C、リアに28Cのタイヤを使用している。フロントタイヤに28Cを使用した場合、28Cで得られる転がり抵抗の削減分は、25Cから28Cに変更したことによる空気抵抗の増加をスポイルしてしまう。
そのため、UCIのレギュレーション緩和によって、フォークの設計は太く薄いという特徴が両者のフレームに共通している。
設計や空気抵抗の削減といったメリットは大いにある。しかし、それぞれのバイクに共通しているデメリットもある。それは価格だ。「3ワットだけ抵抗が小さくなる」ということに対する代償は大きく、PRIDE IIが10,049ユーロ(1,370,000円)とAerfast.4 Proが8,699ユーロ(1,180,000円)だ。
この価格を安いと思うか、高いと思うかはサイクリストのお財布次第だろう。
更に世界最速のバイクにはデメリットがある。それは完成車重量が重い。PRIDE IIが7.8kg、Aerfast.4 Proが7.5kgともにペダル無しの重量だ。
この重量を知ってしまうと、6.8kgで優れた空力性能を備えるTARMAC SL7や、7.15kgのCANYON AEROAD CFRは、重量と空力性能のバランスをいかにうまく取れていたのかがよくわかる。そうなってくると、「6.8kgのVENGE」の輝きも当分失われないのだろう。
まとめ:世界最速の開発競争は、これからだ
SIMPLON PRIDE IIとSTORCK Aerfast.4 Pro Discは世界最速のバイクを争った。勝負はSIMPLON PRIDE IIの圧勝だった。これまで存在していたどのロードバイクよりも速く走ることができる。しかし、両ブランドともに知名度は低く日本からの購入も難しい。
この先を考えてみると、世界最速の座を受け渡したCANYONや、エアロダイナミクスと聞いて黙ってはいられないSPECIALIZED、空力のスペシャリストが在籍するTREK、デイモン・リナードが在籍するCannondaleと、大手メーカーはいまこの時も開発を続けているのだろう。
もちろん、「レギュレーション緩和後の最速のエアロロード」を合言葉に。
勝者総取りはどの世界も一緒だ。ただし、エアロダイナミクスだけでは不十分で、重量や、メンテナンス性、パーツの汎用性、BBの規格、価格といったあらゆる要素をサイクリストたちは総合的に判断している。
したがって、SIMPLON PRIDE IIとSTORCK Aerfast.4 Pro Discは空力性能に優れているが、VENGEがリリースされたときのような熱狂感は一切感じられなかった。
「現時点では最速」のエアロロードバイクであるものの、その座はすぐに入れ替わるだろう。資金力の有る北米メーカーは間違いなくレギュレーション緩和後に「SPECIALIZED史上最速」や「TREK史上最速」といったキャッチーな言葉とともに登場するはずだ。
願わくば、VENGEにBSAを採用したモデルやMADONEのISO SPEEDを撤廃した軽量モデルが待ち遠しい。市販車世界最速のバイクといえど、今後の各社の思惑と開発能力を勘案してみれば、「現時点で世界最速のバイク」をあえて買う必要はないだろう。
UCIのレギュレーション緩和によって、世界最速はこれからさらに塗り替えられていくに違いない。各社の「UCIレギュレーション緩和後のエアロロードバイク」の戦いはこれからだ。